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2021.07.13

陶芸家・市川孝さんが
お茶で教えてくれたこと
<前編>

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滋賀県・伊吹山の麓に窯を構え、陶芸家として活動する市川孝さん。ある雑誌の撮影で、市川さんのつくる「茶車」と呼ばれる茶道具一式(親切にも実際には複数のセット)を見させていただき、さらには市川さんが淹れるお茶をいただく機会があった。それはちょうど1年前のことだったのだが、あの体験が忘れられない。

地元の滋賀、九州、京都、東京、仙台など国内はもとより、中国や台湾を中心とした海外からも、市川さんの作品とお茶を体験したいという声が届く。陶芸家でありながら、独自の世界観で表現する茶人でもある市川さんのすごさを説明するのは難しい。というよりも、それは体感によってしか伝わらないものだとすら思う。

自分自身でもその感覚を確かめたくて、その後も市川さんの個展に足を運んでいた。今回、ちょうど南青山での個展を終えたタイミングの市川さんにあらためて取材をさせていただくことができた。市川さんの世界観を伝えるにはまだ及ばないが、お茶を通して大切なことを教えてもらった気がしている。

陶芸家・市川さんのこと

飯碗や平皿、小皿などの日用食器から、茶杯、蓋碗、土瓶、煮茶器などの茶道具、鍋や蒸留器、燻製器に炭用の炉まで。食べること・飲むことを一つのテーマとして、市川さんは何でも全てその手で作り上げてしまう。

「多分、いろんなものに興味が出てしまっていて」と笑いながら、次のように続ける。

「木を削るとか、鉄を曲げるとか、何かするって自分自身では特別感は全然ないんです。それは彫刻をやってきた経験があるからだと思います。機械でガシャンと切ってしまえばきれいに仕上がるところを、一生懸命ハサミで切るとか。あえてぎこちなく曲げていく方が、“ほどよさ”があるなぁとか、やっぱり彫刻でっていうのはあるのかな。こういうぎこちなさのある作りだから、見る人も『なんやこんなんできるわ』っていうくらい」

それは親近感と表現すべきか。たしかに市川さんの作品には、工作の延長というような、素朴な手仕事感がある。

「そうそう、そのぐらいでいいのかな。あえて錆びさせたりした方が、他のものと馴染みやすかったり、楽しめることが多いから」

使ってこその道具であると同時に、周りの環境に馴染ませることで引き立つのが市川さんの作品の特徴の一つといえそうだ。

自分の位置を知ること、自由でいること

用意していた茶室に、続々と作品を広げてくれる市川さん。畳敷のスペースには、お茶を淹れてもらうためにテーブルと椅子を用意していたのだが、市川さんは入り口の靴を脱ぐところに腰を落ち着けてしまった様子。そのままお茶の準備が整いつつあった。

「ここは誰が座ってもお茶の空間じゃないですか」

用意したテーブルと椅子を見やって、少し恥ずかしそうに笑う市川さんの言葉にはっとさせられた。

「お茶の非日常みたいな感じを取り込みたい時に、何かこう“スイッチ”を入れる道具があれば、それだけでその場がお茶の実験工房的なところになるなと思ってて。そういう方が自分にはいいのかなと。だから茶室でお茶を、というのは……まぁ、それは誰かにお任せしたらいいかなという気持ちです」

元は彫刻の道を歩んでいた市川さん。賞を獲得するなど活躍していたが、ある時スランプに陥ることがあった。自分のやりたいことが見えなくなった時期があったが、料理やお茶という世界を糸口とすることで視界が開けていったのだという。

「いろんな出会いもあって、そこからストーリーを辿っていくと、何か見えるものがあった。料理のことだったり、身近なものを見つめていけば面白いものが生まれるなっていうのがわかった。焼き物の道に入って、お茶と出会って、そこから大きく変わり出したというか。特に台湾茶と出会って自由を感じて、中国茶と出会って豊さを感じて。お茶の原産種に出会ったことで『お茶って、なんや、植物やん』って、シンプルに木の葉っぱのことかって思えば、それは遊べるじゃないかと気づいた」

お茶で遊ぶこと

6月、熊本の泰勝寺で「茶遊記」のお茶会が行われた。「茶遊記」は市川さんや出野尚子さん、堀口一子さんなどが参画する、「あそび茶」を実践する茶人のグループ。その滞在で入手したという九州各地のお茶から、この日は熊本のお茶を3種類淹れていただくことに。

[アンナブルナ農園]の自然緑茶(上)、[お茶のカジハラ]の深山という手摘み釜炒り茶(右下)、[森と種とお茶]の野草茶ブレンド(左)という、いずれも熊本でつくられるお茶。

ささっとその場で見つけた葉に茶葉をのせ、黒茶色の燻製器に入れる。即興ながら、どんなふうに遊ぶのか、わくわくする。

「匂いを吸収するっていう茶葉の性格があるじゃないですか。要するに(移り香があるため)欠点なんですよね。うん。でもそれを逆手に取った、ジャスミン茶とかがある。そういうところで、例えばスモークしたらどうなるかなと思ってる」

茶葉を燻製にするとは思いも寄らないこと。煙が上がる様子を眺めれば、一体どんなお茶が出てくるんだろう……と、すでに市川ワールドに引き込まれている。

「こういうことやってるだけでも、『なになに?』ってことになるわけね。スポンジみたいなもので、吸収したいって感覚の人と一緒に飲みたい。乾いている人と一緒になると『そういうことですよね?』『そうかも!』『でもどうなん?』っていうキャッチボールを感じる」

燻しの香りがしてくると、市川さんも私たちと同じように「おぉ」と驚いたりする。その姿がとても楽しそうだし、一緒に遊んでいるという感覚になれて嬉しいものだ。

「そんなところで、淹れていきますね。こんなに小さい茶杯で、小さすぎるやんって言っても、飲み出すと、なかなかなのよ」

香りの印象はどちらかというとお茶が強い。しかし一口含むと、スモーキーさが一気に広がる。思わず笑う。面白い。後味はすっと切れるので燻す時間もちょうどよかったのかも、と一緒に考察しはじめるのも楽しい。

ただ、こうして「遊ぶ」ということはなかなか難しいことですよね、と聞いてみる。

「そうなんですよ。本当そこがね、すごい大変。年齢が上がってくるとか、経験値が上がってくると、絶対というものができたり、ズラすとか遊ぶことにエネルギーがかかってくるじゃないですか。遊ぶってエネルギーが必要」

お茶のように、伝統として確立された世界があるもので、こんなに軽やかに自由に遊べるということをうらやむ人もいる。そうした意識ももちろんあると思うが、市川さんはあくまで自分の身の周りのものにインスピレーションを受けながら、こんなことやあんなことをしたらどうだろうと、自分でその実験道具を作っては遊んでいるようなイメージだ。

「それぐらいの方が、比較的気楽にというか。ハードルは下がりますよね。例えば、これが方法として本当にいいのかとか、王道のところはもうプロに任せて。身の回りのものにもう一度目を向けてみようかっていうことで一回戻って、“葉っぱ遊び”だったり“植物遊び”だったりをしてみる。すると、『あぁそうか、これはお茶のことか』とか『これはコーヒーのことか』とか、結果『だからこういう方法をするんだ』ってわかる。何かわからないけど、面白いやんっていうのができればいいっすよね。だから、自分にはここ(入口のスペース)ぐらいあれば十分。茶室じゃなくて。……よし次いいですか」

市川孝さんとのお茶の時間は、後編につづきます。

市川孝|Takashi Ichikawa
1967年、滋賀県生まれ。彫刻を学んだ後、製陶所勤務を経て陶作家の道へ。1999年に伊吹町に築窯、日本各地や海外で展示を行う。工夫茶に学んだ、その場にある植物やもの、環境を採り入れるお茶淹れのスタイルも評価が高い。8月7日からは、滋賀県のギャラリー[季の雲]にて個展を開催予定。
instagram.com/takashi_ichikawa1212
tokinokumo.com(市川孝展覧会 8月7日〜15日)

Photo: Yu Inohara (TRON)
Text: Yoshiki Tatezaki

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