
養生の宿[moksa]で味わう、堀口一子さんのお茶の時間<前編>本来の自分に戻るということ
2023.07.28 INTERVIEW日本茶、再発見
- 烏龍茶
- 京都
- 滋賀
京都は八坂神社と清水寺の中間あたり。二寧坂、産寧坂といった観光名所には、この日も京都らしい歴史を感じる街並みを楽しむ人々が多い。京都駅からはバスで15分ほど、八坂通りの石段を登り、周囲の町屋や金剛寺などの名所を通り過ぎると今回の目的地[POUYUENJI KYOTO]にたどり着く。2024年6月に開いた新店だが、町屋を改装したという建物は由緒ある景観によくなじんでいる。
隣接する二つの建物それぞれで、異なるテイストのお茶を楽しめるのが店の特徴だ。一つは、茶葉や茶器を購入できるギャラリーやプライベートライブラリーを備え、作庭家・北山安夫氏が手がけた日本庭園の横にある優美なティールームでテイスティングができる[POUYUENJI KYOTO]。
もう一つは[playtea]と冠し、ストレートティーに限らず、お茶にスパイスやフルーツといった食材を合わせたオリジナルドリンクをよりリーズナブルに提供している。八坂を散策している途中にふらっと立ち寄り、カジュアルにお茶の魅力を味わえるカフェだ。
ティールームがある建物の引き戸をがらっと引くと、「ようこそいらっしゃいました」と[POUYUENJI]チームがにこやかに出迎えてくれた。中に入ると、天井が高くて開放感を感じる。歴史と伝統の重厚感ある町屋らしい外観とは打って変わり、明るく軽やかで上品な雰囲気だ。壁に貼られた白金を照明がやさしく照らし、やわらかい光の反射が店内に温かみをもたらしている。
「まず[POUYUENJI]についてご説明しますと、私たちはグローバルにお茶のキュレーションを手がける台湾のブランドです。設立者の蔡其建は、お茶のコレクターとして知られる実業家。心身を整え、感性を磨く茶文化の豊かさを分かち合いたいと、お茶への情熱から2019年に台湾で立ち上げたのが[POUYUENJI]なんです」
苗栗県三義郷という秘境に「お茶のテーマパーク」と呼ぶべき[POUYUENJI HILLS]という複合施設を展開。お茶をただ飲むだけでなく、インスタレーションやイベントなどを通じて茶葉の種類や入手方法、おいしい淹れ方など包括的に学ぶ機会を提供している。「日本と同じく若者の茶離れが進む台湾で、お茶に触れるきっかけになりたい」という思いがあるそうだ。
そしてさらに大きなスケールで、現代のライフスタイルと茶文化の架け橋となることをめざし、海を渡ることを決意。一つ目の拠点をここ京都とした。
「京都には長い長いお茶の歴史があり、それが今も文化として受け継がれている場所です。また、昔ながらの技術や精神の継承を大切にする一方で、モダンな要素を取り入れて新しい文化を形作ることにも積極的な一面があります。私たちのテーマでもある『融合』をまさに体現している場所なので、この地を選びました」
店は二階建てで、1階にギャラリーとティールーム、中庭があり、2階にライブラリーを設ける。1階のギャラリー中央に置かれた円卓には「餅茶(へいちゃ/ビンチャ)」と呼ばれる圧縮成形した茶葉や、餅茶専用のニードル、茶器などが並べられている。天井が高く頭上には広い空間があるため、アーティストによるアートを吊るすなどの展示会もできるそうだ。
ギャラリーの奥には“tea chamber”と呼ばれるスペースがあり、ここで熟練の「POUYUENJI tea master」がお茶を淹れてくれる。日本式の茶釜と柄杓が目を惹くのに加え、鉄瓶と銀瓶を使い分けるなど茶葉に合った道具を使って一杯一杯丁寧に用意する。tea chamberで淹れたお茶を裏のティールームに運び、お客様は日本庭園を見ながらゆっくりと時間を過ごす。
店内奥の階段から2階に上がると、茶器コレクションやお茶にまつわる書籍がずらっと並んだライブラリーが現れる。障子や簾といった伝統的な日本家屋の要素があるかと思えば、床にはヨーロピアンラグを敷いて壁に西洋のトラバーチンを使うなど、まさに東洋と西洋の「融合」を体現。「音楽に気づきましたか?」と問われ耳をすますと、静かな音量で流れている曲はオペラだった。
ライブラリーの脇に小さな隠し部屋がある。扉を開くと、そこは[POUYUENJI]会長の秘蔵コレクションが並ぶ収納庫。会長がブレンドにも参加したものも含む貴重な生プーアル茶をおよそ20年分、適切な温度と湿度に管理して保管している。
「2階から見える庭の様子もまたいいんです。まずは1階でゆっくりとお茶を楽しむ喜びを発見してもらい、次は2階でもお茶のある時間を有意義に過ごしてほしい。たとえばここでビジネスのミーティングをしても、新しいアイデアがぱっとひらめく環境だと思います。
1階、ガラス戸を隔てて庭のすぐ横にあるティールームでは、テイスティングコースがいただける。茶3杯と京都[御菓子丸]の和菓子がついたもので、気に入った茶葉は購入可能。[POUYUENJI KYOTO]では、ここでの体験を楽しんで終わりではなく、ライフスタイルにお茶を取り入れるまでの導線を描くことを目指している。
「一品目は『東方美人 2015』を水出しで。熟した果実のようなフルーティな甘みに、蜜や花のようなフレッシュな香り。外でほてった身体を落ち着け、心身ともにリラックスしてもらうための一杯です」
「次はお菓子とともにお出しする『水仙 2023』です。これは岩茶と呼ばれる烏龍茶の一種で、中国・福建省にある武夷山でつくられるもの。岩茶の焙火工程は非常に重要で、品種の香りを引き出し、香りを安定させることができます。岩韻を含み、口当たりはまろやかで、香りは長く持続し、後味が良いです。花のような甘い香りや、笹の葉や苔のようなウッディな香りも感じます」
「お腹を温めたら、次は生プーアル茶をお出しします。その前に見てほしいものがあるんです」と持ち込まれたのは、先ほどギャラリーで見たような餅茶だ。硬く圧縮されたひとかたまりの茶葉が1枚の紙で包まれていて、紙を開くとわっと香りが立った。茶葉と茶葉の隙間を探してぐっとニードルを差し込むと、茶葉が大きくほぐれる。全体が割れないようにさらに指でほぐしながら説明してくれた。
「これは中国・雲南省のプーアル茶です。プーアル茶は生茶と熟茶という、味わいも製法も異なる2種類に分かれていることをご存じですか? 生茶は、茶葉に含まれる酵素の力で非常に長い時間をかけて自然発酵したもの。熟茶は1970年代に生まれたまだ新しいお茶で、微生物の力を借りてスピーディーに人工発酵させたもの。ふだん私たちの身近にあるプーアル茶は熟茶なんです」
「あまりなじみのない生茶は高価なものが多いです。100年前の生茶が市場に出ることもざらにありますが、そういうものには資産的な価値があります。飲むのではなく持っていることに意味がある、ウイスキーと似たような価値観ですね」
目の前で餅茶をほぐす様子を鑑賞できるのは、お茶になじみのない人にとってはスペシャルな体験で嬉しい。「どんな味なんだろう」と興味関心を引き立てられるようだ。プレゼンテーションが終わって3品目に出されたのが『
最後に、熟茶の「元紀熟プーアル茶 2012」をいただいた。先ほどの生茶よりももっと野生的でファンキーな第一印象で、黒糖のようなこっくりとした甘さやナツメのような香りがある。淹れ方が特徴的で、沸騰させたお湯に茶葉を入れ、10分間ほどボコボコと煮立たせたら魔法瓶へ。そのまま少なくとも6時間抽出する。力強くも雑味がなく、どこかクセになる味わいだ。
コースが終わると、「豊かな時間を過ごせた」という感覚に包まれる。店によっては、お茶を淹れる洗練された所作を目の前で見ながら茶文化を知る楽しさもあるが、[POUYUENJI KYOTO]が届けたい体験はそうではない。伝えたいのは、お茶を飲みながらゆっくりと自分と向き合う喜びだ。
[POUYUENJI]の原点は、人々にさまざまな面で恩恵をもたらしてくれる素晴らしい茶文化をシェアしたい、という思いである。熟練の技術や素晴らしい設備は揃っていても、主役はあくまでお茶を飲んでいる「客自身」なのだ。美しい庭園を見ながら、雑音がないシンプルな空間で自分と向き合う時間を、ここでは過ごすことができる。
「入店して最初に庭を見て、ゆっくりとお茶を飲んでいただき、帰るときにももう一度庭を見ますよね。そうすることで記憶に焼き付けてもらうのです。四季による表情の移ろいをぜひ楽しんでほしい。お茶には食事だけでなく、茶器や音楽など、環境とのペアリングが大切。それでひと味もふた味も変わってくる。そう考えています」
[POUYUENJI KYOTO]が掲げる一貫したテーマは、たしかに、お茶を取り巻くさまざまな文化芸術あるいは人の生きる道を追究する日本の茶文化と深く共感するものがあると感じた。「隣のお茶も面白いですよ」という声に、[playtea]のことを思い出す。自分と向き合う上質空間の隣にある「play」という言葉にはどんな意味が込められているのか。後編につづきます。
POUYUENJI KYOTO
京都市東山区八坂通下河原東入八坂上町374
10:00〜18:00
月曜・火曜定休
https://kyoto.pouyuenji.com
IG @pouyuenji.kyoto
Photo by Yu Inohara
Text by Nanako Aoki
Interview & Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール