
食から生きることを養う[inagawa yakuzen]の稲川由華さんが教えてくれた“血を補うお茶”と“気を巡らせる茶”<後編>
2022.11.25 INTERVIEW日本茶、再発見
- 烏龍茶
- 東京
[SOUEN]という店名は、かつて[櫻井焙茶研究所]が西麻布に店を構えていた時代の屋号に由来する。現在の南青山への移転に伴い、一度は役目を終えた名前が、オーナーの櫻井真也さんの意向で時を経て復活したのだ。店長の今村さんはこの店名を掲げるにあたり、改めてその意味するところに思いを巡らせたと話す。
「SOUENという言葉をSOUとENに分けて、それぞれの意味を考えてみたんです。するとSOUには、お茶を表す【草】、相思相愛の【相】、創造の【創】のような言葉が、ENには【円】や【縁】、宴会の【宴】など、さまざまな言葉が思い浮かびました。これは、SOUENでの体験価値が、訪れる人によって変わることを象徴していると思ったんです。誰もが各々のスタイルでこの店を楽しんでほしい。そんな思いがこの英字表記に込められていると感じます」
このように、訪れる人それぞれに多様な体験価値を提供するという思いは、店のロゴにも表現されている。手と手が重なり合う湯呑みのような形のロゴは、「ブレンド」をテーマに、自由な発想でお茶の新たな価値を創造する[SOUEN]のスタイルそのものだ。
この想いを形にする上で、場所は非常に重要な意味を持つ。カジュアルラインとはいえ、櫻井さんが新しくつくったお店として、松陰神社前という選択は少し意外に思えるかもしれない。しかし、櫻井さんの頭には「地域に根ざした店にしたい」という強い思いがあった。そして、その思いを叶える上で、松陰神社前という街が持つ独自のカルチャーは、まさに理想的な環境といえるようだ。
「松陰神社エリアには大手チェーンのカフェや日本茶を出す店がほとんどありません。その代わり、個人経営で、独自のセンスを活かしているカフェや昔ながらのお店がとても多いんです。櫻井焙茶研究所の2店舗目として、普通ならもっと交通量の多い場所を選ぶだろうと考えるかもしれません。でも、櫻井はあえてお茶のイメージの付いていないような場所に拠点を構えたいと考えました。わざわざ足を運んでもらい、街の雰囲気を感じながら、ゆったりとした時間の中でお茶を楽しんでもらう。そんな新たな日本茶の入り口となるような店にしたいと考えたんです」
「私自身も、最初にこの場所を聞いた時は意外に思いました。でも、実際にここで一日一日過ごすうちに、この街ならではのつながりを強く感じるようになりました。時間帯によって行き交う人々の顔ぶれはがらりと変わり、気さくに話しかけてくれる人も多い。とても面白い場所です」
[SOUEN]では、イベントやワークショップを開催している。特に、「日本茶を知ってもらおう」という思いから、季節に合わせて扱っているお茶やブレンド茶を、少しづつ試飲できるカッピングイベントを積極的に開催。カッピング以外にも、アーティストのギャラリースペースとしての利用も始めている。
「カッピングには元々お茶が好きな人や櫻井焙茶研究所のファンの人が来てくれるというよりも、地元の方がふらりと立ち寄ってくれるんですよ。この地域の方々がマニアックな雰囲気にならずに、ワイワイお茶を楽しんでくれるのはとても嬉しいです」
こうして地域に溶け込み、お茶と店が日常に寄り添うことを目指す[SOUEN]。しかし、その過程で今村さんは、「日常に寄り添う店」とは一体どういうことなのか、考えを深めていくようになったという。
「この店が、訪れる人にとっての『日常』であるためには、あまり日常感に寄り添いすぎてもダメだと気づいたんですよね。人間は、日常の中にスパイスというか、ちょっとした特別感があることで、日々の過ごし方が豊かだと感じるのでは、と考えるようになったんです」
この気づきは、今村さん自身の日常にまつわるある体験からもたらされたものだった。
「働き始めると店と家を往復する毎日を繰り返す中で、『なんだか同じことの繰り返しで、日常への感謝を忘れがちだな』と、ふと思う瞬間があったんです。そんな時に、この近くにあるバーに仕事終わりに寄ったら、いつも飲んでいるカクテルを少し違うスタイルで出してくれたんです。バーテンダーの方にとっては、『今日は暑いから違う感じで出してみたよ』と何気なくしてくださったことなんですけど、自分にとってはすごく気持ちのいい、特別な体験になりました。繰り返す日常の中でも、ちょっとした気遣いや変化が、日常を豊かにしてくれると気づいたんです。櫻井焙茶研究所とSOUENの関係性をハレとケという言葉で説明しましたけど、私たちが目指す“ケのお茶”とは、日常的なだけじゃなく、日常(ケ)と非日常(ハレ)が相互に作用し合っている状態なんだと最近解釈するようになりました」
その「日常の中の特別感」という体験を生み出す上で最大の鍵を握るのは、[SOUEN]の真骨頂である「ブレンド」だ。お茶という日本人の日常に根ざした飲み物が、この店ならではのブレンドによって特別な味わいに昇華する。訪れた人は、日常の中の特別な体験に感動し、またここを訪れたいと思うだろう。そうして[SOUEN]はこの街の日常に溶け込んでいく。
この循環を生み出すため、前編でも紹介した通り[SOUEN]では長年培われたブレンド技術が如何なく発揮されたドリンクが揃う。夜の時間帯のみに提供されるカクテルもぜひ試してほしい。
宮崎県五ヶ瀬町でつくられた「みなみさやか」の烏龍茶とフリーズドライの桃を合わせたブレンド茶がベースのカクテル。まず驚かされるのが、このブレンド茶をティーソーダにする工程だ。通常なら炭酸水を加えるところだが、このカクテルでは炭酸ガスを直接ドリンクに注入する。
「単純に炭酸水を足してしまうとブレンド茶の風味が薄くなってしまいます。炭酸ガスならばその風味を損なうことなく、水出し茶のそのままの良さを活かせます。さらに炭酸の香りが立ち上がってくるので、桃と烏龍茶の香りが混ざり合うことで、香りにもプラスの効果が生まれるんです」
こうしてできたティーソーダに、琉球泡盛の五年古酒と、福島の酒蔵・仁井田本家のうすにごり酒を加える。最後にエスプーママシンで泡立てたグレープフルーツジュースを上に乗せて完成。これほど多様な素材が混ざり合うことで、どんな味になるのか全く想像がつかない。しかし、一口飲んでみると、お茶の味わい、フルーティーさ、日本酒のふくよかさといった、すべての素材の要素がしっかりと感じられることに驚かされる。
あらゆる液状の食材を泡状にするエスプーマ。グレープフルーツジュースを用いたことにより、泡が少し赤みを帯びている
この多層的で立体的な味わいは、どのような考えで生み出されたのだろうか。
「これは夏の時期のカクテルとして、パローマというテキーラベースのクラシックカクテルをイメージして作りました。私たちはお茶のカクテルを作る際、日本のお酒を使うことを信条としています。今回は琉球泡盛と仁井田本家のお酒を選びました。琉球泡盛の中でも古酒を使ったのは、テキーラのような熟成感を求めたからです。そして、もう少しコクとまろやかさが欲しかったので、泡盛と同じく米から造られる仁井田本家さんのうすにごり酒を合わせました。パローマはグレープフルーツジュースを使いますが、そのまま混ぜるとどうしてもジュース感が強くなってしまいます。そこで、エスプーマで泡状にして上層に飾ることで、グレープフルーツとブレンド茶の風味を両方しっかり感じられるようにしました」
各素材がただ混ざり合うのではなく、それらが層となって味わいが美しく重なり合っていることに思わず感動してしまう。この独創的なカクテルが生み出された背景には、櫻井さんと今村さん自身に、バーテンダーとしての長年の経験があることが関係しているだろう。お茶とお酒、ブレンドとカクテル。両方の世界の経験から生み出されるこれまでにない新しいカクテルは、まさに「日常の中の特別感」を表現していると言える。
「今後は、よりSOUENらしさを追求していきたいと思っています。櫻井焙茶研究所のカジュアルラインという位置づけではありますが、ある意味では櫻井焙茶研究所を超えていくくらいの気持ちで! SOUEN独自の価値を高めていきたいですね」
今村さんはこのように、[SOUEN]の未来を力強く語ってくれた。
その一環として、[SOUEN]オリジナルのブレンド茶の開発も進行中だ。[櫻井焙茶研究所]のブレンドとはまた異なる、この店ならではの視点や感性を取り入れたお茶が、今後どのように展開されていくのか、期待が高まる。また、カッピングイベントやギャラリー展示といった既存の取り組みに加え、ワークショップや今村さんの経験を活かしたカクテルのセミナーなどのイベントなど、イベントの形や内容を広げ、地域の人々がお茶を通じて繋がり、新たな発見や感動を共有できる場を増やしていくことも目指している。
松陰神社前という、歴史と新しい文化が交差する街で、[SOUEN]は日本茶の新たな物語を紡ぎ始めている。[SOUEN]のブレンド茶やカクテルが教えてくれるように、お茶の楽しみ方は無限大だ。どんな人の日常に寄り添いながらも、訪れるたびに新しい発見とささやかな感動を与えてくれるだろう。ぜひ一度、その一杯を味わいに訪れてみてほしい。
SOUEN
東京都世田谷区若林3-17-11
平日11:00〜22:00
土曜日9:30〜22:00
日曜・祝日9:30〜19:00
水曜定休
https://www.instagram.com/souen_tea/
Photo by Tatsuya Hirota
Text by Rihei Hiraki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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