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お茶の文化と産業の隔たりをつなぐ、若きスタートアップの挑戦 TeaRoom 岩本涼さん<前編>
今、「MATCHA」に牽引され日本茶が海外で大きなブームとなっている。2023年には日本茶の輸出額は過去最高を記録したが、国内に目を向ければお茶をとりまく状況は決して明るいとは言えない。高齢化する生産者と後継者の問題、低…
2025.05.16 INTERVIEW日本茶、再発見
前編では、TeaRoom代表・岩本涼さんの原点となる茶道との出会い、幼少期から現在に至るまでの経験が、いかに今の事業に結びついているのかを語っていただいた。後編では、岩本さんが感じている日本茶業界の課題をより深堀りしていく。
日本茶が、これからも文化的な価値が高いまま残されていくために、そして産業として持続可能なものとして発展するために、“文化と産業の連携”は不可欠だ。TeaRoomは創業以来、その二つをつなぐためのハブ的な役割を担ってきたが、CEOの岩本涼さんは、いまだこの両者の間には歩みの余地があると感じている。
それらの象徴として岩本さんが挙げたのが、茶道具のひとつである「茶筅」の流通問題だ。
「ある日本茶の産地を訪れた際、茶筅の産地が、正しく表記されていないことに気づいたことがあります。もちろん、海外製だから悪いということではありません。現在、日本の茶筅は需要に対して供給が追いついていないのが現実であり、海外製を受け入れる選択肢も必要だと思います。ただし、産地や背景を正確に伝えずに取り扱うことは、結果的に日本の工芸品が築いてきた信頼や価値を損なうことになりかねません。また、もし意図せずそうした流通が行われているとすれば、製品に対する知識や感度が、販売現場に十分に行き届いていないという課題もあるということです。この問題の根底には、お茶と工芸の世界が十分に接続されていないという、業界構造が横たわっているように感じます」
岩本さんは、茶筅という道具の流通をめぐる問題が、単なる表示や流通の課題にとどまらず、日本茶の文化的価値そのものの継承に関わる問題として捉えている。日本茶の文化背景を疎かに、表面だけをなぞって“文化を安易にビジネスに転化する行為”は、結果的に日本産の価値を落とし、自らの首を締めることにつながる。だからこそ、日本産の良いものを正しく売ることは、回り回って自らのビジネスに利益をもたらすのだと岩本さんは続ける。
「良い抹茶を供給するのと同時に、良い茶筅や茶器を供給することは、卸し先の業者や販売店、そしてそれを使うお客さんの茶筅に対するリテラシーの向上にもつながります。例えば、事業の一環で窯元ツアーに行くことがあるのですが、しっかりと茶器についてのストーリーをお伝えすると、良い茶器を買ったお客さんは自然とそれに合う道具も揃えるようになるんです」
「そうしてtoB、toCのお客さんのリテラシーが向上すれば、良い抹茶を飲みたい、という気持ちを醸成することにもつながっていきます。お客様の茶器に対するリテラシーの向上は、そのままお茶を売る人々の利益にもつながると思います。抹茶が安価でしか売れないと嘆いてばかりはいられないと思うのです。多様な文化や産業を横断しながら、“顧客が求める価値とは何か”を問いながら学び、顧客に提案し、その先にいるお客様のリテラシーを向上することが、結果的に単価を上げることにつながり、利益となって跳ね返ってくる。そこを業界全体が認識しなければと最近は強く思っています」
日本茶の課題は国内にとどまらない。岩本さんの危機感は、世界における日本茶の将来にも向けられている。近年、抹茶の世界的なブームは目覚ましいが、このブームに甘えるのではなく、今後の市場競争に備える必要性を強調する。
「現在の市場では、日本産の抹茶における価値はとても高く評価されていますが、この優位性がいつまでも続く保証はありません。現状では他国の抹茶より日本の抹茶がカフェで100円高く売られていたとしても、日本の抹茶を選ぶ人が多いでしょう。しかし、抹茶の価値はいつだって世界のルールの中で逆転される可能性があります。そのひとつはエシカルやサステナビリティの観点です。茶畑の肥料流出で近くの水辺が汚れやすくなる心配や、日本独特の蒸し製法におけるエネルギー負荷が高いことなどが世界の視点で問題視されれば、他国の抹茶が世界でイニシアチブをとるようになるかもしれないのです」
中国やベトナムといった国で抹茶はつくられていることは知られているし、岩本さんによると、さらにタイやインド、ケニアといった国でも抹茶を生産する動きが出てきているという。おそらく今後はさらに多くの国々で抹茶がつくられるようになるだろう。そうなったとして、世界の国々から日本の優位性をひっくり返そうとする動きが出てくるかもしれない。では、日本茶が世界でこれからも勝ち続ける道筋を岩本さんはどこに見出しているのだろうか。
「重要なのは世界中の人々に、日本茶に対して、もっと言えば日本という国に対して、良い印象を持ってもらうことです。抹茶が世界中でつくられるようになり、コモディティ化すれば、特定の国から抹茶を買う理由は二つになるはずです。一つは地政学の観点でその国から輸入しなければならない事情がある。もう一つは、その国に対して良い印象を持っていること。だから、国のカルチャーを売ることはとても大切になるんです。そのためにはお茶業界だけが頑張っても足りません。他産業も含めて、“日本から物を買いたい”と思ってもらえるような感情を育む取り組みをしなければなりません。だから任天堂が世界中でジャパンブランドを掲げてゲームを売っていることも、スズキがインドの自動車市場の成長に貢献していることも、全て海外の人々が日本茶を買うことにつながるのです」
日本のイメージを良くすることが海外の人が日本茶を買うことにつながる。単純なようで核心を突くその考えは、他産業との共創を積極的に行ってきた岩本さんだからこそ辿り着き、真剣に捉えているものだろう。現在、TeaRoomでは日本のポップカルチャーを代表する企業たちとのプロジェクトも進んでいるという。
「日本のモノを買いたい、その象徴として日本茶が存在するためには、アニメや漫画、ゲームなど世界に向けたコンテンツの中にお茶のシーンが含まれることも非常に重要だと思っています。だとすると、そうしたコンテンツ制作のチームに初期段階から関わるか、あるいは広告を投入する必要が出てきます。そうしたコンテンツ産業と共創することが、実は回り回って自分達の産業を支えることにつながっていくんです。そういった観点で動いてくれる方が日本茶業界にもっと増えることを期待しています」
海外に展開するにあたって重要なのは、日本をどれだけ意識させるか、ということ。どれだけ品質が良くても、他国もそれに倣おうと必死でお茶づくりの技術を磨く。ましてやお茶は嗜好品だから、味わいの価値を決める軸は多様だ。となると、決め手は価格におのずとなってくる。そうした価格競争に飲み込まれたら、日本は苦しい戦いを強いられることになる。日本茶がどれだけ他国のお茶と差別化できる価値があるかを理解してもらうことが、海外市場で勝ち続けるために欠かせない。
TeaRoomがまさに今関わっている大阪・関西万博のプロジェクトも、まさに日本のお茶文化を世界にアピールする上でとても意味のあるものになるだろう。世界中のパビリオン、そして万博関係者が集まる万博で、日本の文化を代表するお茶がアピールできれば、世界はさらにお茶の価値を認識するはずだ。
世界的な抹茶ブームに浮かれることなく、シビアに日本茶の現状を分析する岩本さんの鋭さに舌を巻く思い。そこには、今の時代の日本茶文化の担い手としてこれまで数多の先人が必死になって作り上げてきた歴史に甘えたままでは、いずれ日本茶は滅んでしまうという強い危機感がある。その危機感を象徴する言葉として、岩本さんは「フリーライド」という言葉を使った。
「先人たちが一生懸命築き上げた日本茶の品質と歴史があってこそ、今の日本茶の地位があります。その信頼に現代の我々がいつまでもフリーライドしてはいけないと思っています。Z世代の中には急須のお茶の淹れ方を知らない人がたくさんいます。でも『急須で淹れたお茶』というペットボトル飲料のキャッチコピーに代表されるように、『急須で淹れるお茶は良いお茶なんだ』という消費者の認知は広がっています。しかし、そもそもの“急須でお茶を淹れる文化自体”が消滅してしまったら、急須で淹れることに付加価値は無くなってしまうんです。だから、急須の価値が担保され、文化として社会的に高い価値が維持・継承されるような事業にも取り組むべきだと考えます。例えば、急須を旅館にギフティングするとか、そういったことでも良いと思います。今のままでは、急須が作ってきたお茶という文化の価値にフリーライドしているだけ。急須の文化とペットボトルの文化に協力関係ができれば、文化や産業の隔たりも無くなっていき、どちらの業界も持続可能なものになっていくはずです」
お茶は日本の伝統産業であり、伝統文化であるゆえ、その価値が当たり前のように存在するものだと思い込み、結果的にフリーライドしている形になっているビジネス形態も多いのではないだろうか。まずは自分のビジネスがお茶のどのような価値に乗って成り立っているものなのかを認識することが、日本茶がサステナブルなものになっていく第一歩となるのだと岩本さんは語る。
茶農家、茶商、問屋、小売店、飲食店、飲料メーカー、茶人、工芸家……。お茶の世界には多くのステークホルダーが存在する。岩本さんの話を聞いて、TeaRoomは“お茶屋”でありながら、既存のステークホルダーとは異なる、俯瞰的な視点でこの業界を見つめていることがよくわかった。
それは「対立のない優しい世界を目指して」というTeaRoomの企業理念にも表れている。一見、お茶の企業とは思えないこの理念も、お茶という産業と文化が成り立つ根底には、前提としてそれらを受け入れ、育み、楽しむ社会の存在が無くてはならないことを理解しているからこそ生まれるものだ。
社会の分断や国際的な緊張、AI技術などによる急速な社会の変化が予測される今、この理念はより重要な意味を持って私たちに迫ってくる。そしてこんな時代だからこそ、お茶の価値は上がってくるのだ、と岩本さんは最後に語った。
「カオスな時代にこそ、日常性に富んだお茶を飲むという体験の価値が上がると思います。茶の湯という文化が生まれたのは戦争という有事が頻繁に起こった戦国時代です。当時、“日常の価値”は非常に高かったはず。そんな時にお茶を飲む、という日常に寄り添った行為は非常に意味のあるものだったと思います」
戦国時代から社会がどれほど変化しても、一杯のお茶を介した人間同士の温かな交流や理解という普遍的な力は変わらない。
今も私たちはお茶を飲むことで得られる一息の時間に救われたり、活力をもらったりしている。そんな日本人の日常を支えてきた日本茶という文化をいつまでも後世に継いでいくために、TeaRoomのような存在が提示するビジョンは、重要な意味を持つと言えるだろう。
時代の先を歩み続ける岩本さんとTeaRoomの挑戦に心から敬意を表しつつ、自分には何ができるのか、そんなことも考えさせられる岩本さんのインタビューだった。
岩本涼 | Ryo Iwamoto
1997年千葉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2018年、「対立のない優しい世界を目指して」を理念に、文化と産業を架橋すべく株式会社TeaRoomを創業。幼少期から茶道裏千家に入門し、茶道家としても活動し、茶の湯や日本文化の価値や思想に根ざした取り組みも行なっている。また、静岡県本山地域の茶畑と製茶工場を承継し、2020年に農地所有適格法人「THE CRAFT FARM」を設立、一次産業に参入。2023年には文化に潜む日本の可能性を、世に問い、社会実装を目指すため「一般社団法人文化資本研究所」を設立し、代表理事に就任。株式会社中川政七商店にて社外取締役も務める。
tearoom.co.jp (TeaRoom 公式サイト)
global.tearoom.co.jp (TeaRoom グローバルサイト)
instagram.com/tearoom_japan (TeaRoom Instagram)
Photo by Kumi Nishitani
Interview & Text by Rihei Hiraki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール