• 週末の下北で、おはぎとお汁粉、お茶の時間
    下北沢[茶房ヽ-TEN-]青木真吾さん<前編>

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    週末の下北沢駅前は多くの人々で賑わっている。若者の街という代名詞通りの活気も溢れているが、近くに暮らす人たちが買い物をしたり散歩をしたりと、さまざまなリズムが混在しているように感じる。

    駅の南西口から徒歩一分のところにある日本茶スタンド[ヽ-TEN-]は、すっかりこの街に根付いている。[ヽ-TEN-]はわずか1坪という小さなお店で、昼間はテイクアウトを中心に、夜はスタンディングでお茶割りを楽しむお客が集まる。そのカジュアルな営業スタイルもさることながら、店主・青木真吾さんが作る家族的な空気感が常連さんの心を一人ひとり掴んできたことが人気の理由だろう。

    実は、テンは下北沢にもう一店舗ある。土日限定で営業している[茶房ヽ-TEN-]だ(“さぼてん”の愛称で親しまれている)。場所は、本多劇場などの劇場やライブハウスのほか飲食店が多く昼夜賑わう「あずま通り商店街」。老舗中華店[新雪園]の2階で、2024年2月から営業をスタートさせた。

    「“スタンド”ではテイクアウトや立ち飲みが基本になっていて、オープンしたのはコロナ禍ではありましたけど、そのカジュアルさに親しんでくださるお客さんが増えてきてありがたかったです。“茶房”をつくるにあたっては、スタンドではできないことをやりたいと思って、よりゆっくりと過ごしていただく、『時間を提供する』ということを意識しました」と、真吾さんは話す。

    あずま通りを望む丸窓が一つ、コの字カウンターの店内に昼の光を届ける

    [八雲茶寮]という東京を代表する茶寮で経験を積んだ真吾さんが、カジュアルなティースタンドを始めるということにも意義があったと思うが、席に座ってゆっくりお茶を楽しめる空間を生み出すことがネクストステップだったことにも納得できる。

    「スタンドのお客さんからは、『茶房の時はなんか違う!』って言われるんですよ」と笑う真吾さん。「意識しているわけじゃないんですけど、自然と声のトーンが少し低くなったり、キャラが切り替わっているんでしょうね!」

    店主の青木真吾さん

    推し活に、おはぎ、お汁粉

    真吾さんがスタンドと茶房を掛け持ちしていることもあり、[茶房ヽ-TEN-]は土日の13時〜18時のみの営業だ。1年余り営業をしてみて、スタンドとの客層の違いも見えてきたという。

    「スタンドよりやや年齢層が高めな印象ですね。でも、若い方も来てくれますよ。茶房は『おはぎとおしることお茶』というテーマでやっているので、まず甘いものに惹かれて来てくれたり。若い方にとっては、お茶を3煎目まで淹れてもらってゆっくり飲むというのがむしろ新鮮な体験になるみたいで、そういうリアクションがもらえるのは嬉しいですね。あとは、やはり劇場が近くにあるので、観劇の前後に立ち寄ってくださる方が多いです。どういう舞台を観てきたっていうお話をいつも聞かせてくれる常連さんもいらっしゃいます。推し活の前後にお茶を飲みに来てくれるんですよ」

    なんとも、演劇の街らしい話だ。さて、それでは[茶房ヽ-TEN-]の看板メニューであるおはぎとおしるこをいただいてみよう。

    つぶあんと胡麻のおはぎ1種+お好みのお茶のセットが1,000円、おはぎ1種+抹茶のセットが1,100円と選びやすいメニューとなっている(二つ目は350円で追加できる)。あんこともち米は、いずれも自家製。真吾さん自ら炊いているものだ。

    「あんこを炊くって、ほどよく集中する時間でいいんですよね。おはぎは『あんこ屋ねる』という屋号でやっているシュンイ(阪根俊維さん)に監修してもらっているんです。同じ鳥取出身という縁があって、スタンドにもよく来てくれていて。彼が、有機の素晴らしい小豆を仕入れてくれて、あんこの炊き方から教えてくれました。『小豆が気持ちよくなっているか、声を聞いてください』という彼の教えに従って、丁寧に仕込んでます」

    つぶあんを一口いただくと、そのシンプルなおいしさに目が開く。優しい甘さに仕上げられたあんこに加えて、もち米の食感がはきはきしていて後を引く。聞けば、もち麦を少しブレンドしているそう。胡麻は、その全体を覆うビジュアルも楽しみつつ、シンプルな素材の掛け合わせを味わうことができる。

    定番と銘打たれた「あったかい、お汁粉」は、2種類のお茶と一緒にいただける。1種類はお好みのものを選び、もう1種類はおすすめの和紅茶が供される。店名が写された最中種を乗せたお汁粉は、真吾さんが大事に仕込んだことが伝わってくるような幸せな味わい。小豆一粒ずつがしっかりその形を保っていて、微かな噛み心地を与えながら、自然な甘さの中身を舌の上に広げる。おはぎと同じく、シンプルな味わいが心地よい。

    「お汁粉を三口くらい残しておいてください。最後にこの紅茶をお汁粉に入れて飲んでみていただきたいんです。けっこうびっくりする方もいるんですよ。飲んだことのないような味になりますよ」

    そう促され、注ぎ口のついた器から紅茶を茶碗の中へと入れ、一口飲んでみる。すると、紅茶とお汁粉の味が絶妙なほどに相まって、たしかに、飲んだことのないような、でも不思議と落ち着くような味わいが口に残った。

    「面白いですよね」と言う真吾さんと笑顔で頷きあう。きっとこんなふうにして、自然と会話が生まれ、お菓子を食べるお茶を飲むという行為以上に、心地よい時間を過ごせたという体験をお客は持ち帰ることができるのだろう。いい意味での敷居の低さはテンらしさ。茶房ではそんなカジュアルさに加えて、束の間の休みをゆったり味わいたくなる時間が流れているようだった。

    さらに[茶房ヽ-TEN-]の特徴になりそうなのが、真吾さん以外のスタッフの存在。真吾さんと一緒にカウンターに立ちながら、彼女たちの個性もまた茶房での時間を作り出していきそうだ。後編では、スタッフの一人である市原さんにも加わっていただき、“育てる側としての店主・青木真吾さん”にスポットを当ててみる。

    青木真吾|Shingo Aoki
    鳥取県米子市出身。専門学校卒業後、飲食店アルバイトを経て、株式会社シンプリシティに入社。中目黒[HIGASHI-YAMA Tokyo]、和食料理店[八雲茶寮]で研鑽を積む。退社後はお茶とお酒に関する様々なメニューを各所で提案。2021年3月、下北沢駅南西口徒歩1分に[ヽ-TEN-]をオープン。2024年2月、同じく東口徒歩2分に[茶房ヽ-TEN-]をオープン。

    茶房ヽ-TEN-|SABO TEN
    東京都世田谷区北沢2-19−2
    土日のみ営業
    13:00〜18:00(LO 17:30)
    https://www.instagram.com/saboten.shimokitazawa

    Photo by Taro Oota
    Text by Yoshiki Tatezaki

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