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渋谷・神山町 [かんたんなゆめ 渋谷]寿里さん<前編>新たな街で和菓子をよりカジュアルに楽しんでもらうために
この春オープンしたばかりの和菓子屋カフェ[かんたんなゆめ 渋谷]を訪ねた。取材時は忙しいオープン直前の時期だったにもかかわらず、快く対応してくれたのは店主の寿里じゅりさん。 彼女が作る可愛らしくも美しい練り切りが評判との…
2023.03.24 INTERVIEW日本茶、再発見
日本橋の店を閉じ、渋谷・神山町に新たに[かんたんなゆめ 渋谷]をオープンした寿里さん。そもそも和菓子店[かんたんなゆめ]はどのようにして生まれたものなのか。その足跡を深掘りするため、寿里さん自身のルーツを尋ねた。
「地元は宮崎県の日向市です。小さい頃からお菓子作りが好きだったので、高校でパティシエ科に通いました。そこで和菓子と洋菓子を一通り勉強して、製菓衛生師という国家資格も取りました。元々ケーキを作る方が好きだったんですけど、学校の授業で練り切りに出会ってその魅力にやられました! めっちゃ可愛くて、作るのも楽しくて。練り切りという一つの菓子の作り方で、こんなに表現の可能性が広がるんだと感動しましたね」
そのまま和菓子の世界に進んでいくのかと思いきや、専門学校後のキャリアを尋ねると、意外なことに菓子職人ではなく別のお仕事に就いたのだそう。
「練り切りは好きだったんですけど、和菓子屋に就職するのは私には向かないなと当時思っていました。卒業後は、外資系のカフェレストランチェーンに就職して、西日本エリアの店舗開発を担当していたんです。京都にいる時は街にたくさんお茶屋があるのでよく行っていましたし、インスタで練り切りの写真をあげているアカウントをチェックしたりしていたので、和菓子とはプライベートで付き合っていたような感じ。それで、東京に3カ月ほど出張していた時期があったのですが、お茶屋さんや和菓子屋さんが少なかったり、『練り切りを食べたい!』と思ってもなかなか売っているお店を見つけられなかったりという状況を経験して。京都でも大好きな老舗が閉店すると寂しい気持ちが強くなって。その時に、“ただ好きでいるだけでは、なくなってしまうんだ”と思いました」
そんなふうに寿里さんが和菓子への思いを改めた時期は、ちょうど仕事も忙しく精神的にキツい時期と重なっていたという。相談にのってもらいたいと訪れた先輩の家で運命の“再会”を果たす。
「いろいろキャパオーバーの時だったので相談に乗ってほしいと、お世話になっていた先輩にお願いしたら、『お茶淹れるから家においでよ』と誘ってくれたんです。私はてっきり紅茶とケーキが出されると思ってたんですけど、その先輩は抹茶を立て始めて、それに合った綺麗な紅葉をあしらった羊羹を出してくれました。それを見たら、途端に嫌なことも全部忘れられたんです。『やっぱり綺麗だなぁ』と思って。見て、食べている間は全部忘れられて自分だけの時間ができる。それが和菓子の魅力なんだと、あの時わかりました。私は和菓子のことがやっぱり好きなんだと気づくことができた。それから和菓子に触れる機会が少ない同世代の人にも和菓子を楽しんでもらえるような、和菓子を通して人と人をつなぐ店を作りたいと思ったんです」
こうして和菓子の道を歩むことを決心した寿里さん。一方で、店舗開発の経験から、飲食店を経営することがどんなに大変かもよくわかっていた。
そうしたリスクとともに、会社員の安定を捨てることにはかなりの不安があったことは想像に難くない。迷う寿里さんは、同じ先輩からこんな言葉ももらったのだという。
「時間とお金は対等な価値がある。だから時間が過ぎればどんどん踏み切れなくなる。やるならできるだけ早い方がいいよ」
それを聞いた寿里さんは、「確かにそうやなって」と前を向くことができた。
温かい緑茶をお願いしたら、今度はカラフルな花柄の急須が出てきた。「ほうじ茶と烏龍茶はteploで淹れましたが、緑茶は繊細なので急須で淹れた方が美味しいです」と言いながら、オリジナルブレンドの緑茶を丁寧に注いでくれる。最新の茶器から基本形の急須まで、お茶ごとに茶器を変えるのも見ていて楽しい。
店名の[かんたんなゆめ]は、「邯鄲の夢」という中国の故事からとったもの。人の世の栄枯盛衰のはかないさまをたとえた言葉だが、寿里さんはこの言葉から「今を大切にしよう」という思いを汲み取り、自身の店名に引用したという。
「いろいろな生き方がありますけど、どれが良いのかは結局はその人次第。私自身も会社員じゃなく、お店をやる方がいいと思えたからこの道を選んだので。床の間の掛け軸の『壺中日月長』という言葉も、『誰しも平等に与えられた時間とどう向き合うかで、時間の流れ方は変わってくる』『だから自分と向き合う時間を作ることを大切にしてほしい』という思いが込められています。[かんたんなゆめ]という場所にぴったりの言葉だと思います」
2019年、渋谷・円山町でスタートした[かんたんなゆめ]は、当初、[そのとうり]というおでん屋を昼だけ間借りする形だった。
このおでん屋を立ち上げたのは、DJ/トラックメイカーのSeihoさん。寿里さんは店舗開発の経験を買われて、同店の立ち上げから携わっていた。それから一年ほど経った頃、今度は寿里さんが自身の店の場所をどうしようかSeihoさんに相談したところ、おでん屋の空いている時間に[かんたんなゆめ]をやってみないかと薦めてくれたことで、その歴史が始まった。
「それ以来Seihoさんは店のオーナーという立場ですけど、変わらずフランクな関係でいてくれます。お店を始めた頃はお客さんも全然いなくて不安だったんですけど、その時も私がお店のことだけに集中できるよう、Seihoさんがいろいろサポートしてくれました」
Seihoさんと寿里さんはどちらも大のお茶好きで、お互いに気になったお茶を買ってきて、飲み比べもしているという。
「この前も20種類ぐらい飲み比べしましたね。この味をつくるには、どんなことをやっているのかとか、このお菓子と合いそうとか。よく二人で話します」
寿里さん、Seihoさんともに実際に茶畑に行って感銘を受けたのは、静岡・牧之原の[駄農園]だったという。
「お店でも取り扱っている[駄農園]の高塚さんのところに行って、茶葉を釜で炒るところを見学させてもらったことがあるんです。一番大事な部分のはずなので、すごい緊張感の中でやっていると思っていたら、先代のおじいちゃんが『いい香りだねぇ、いいと思う』なんて、ニコニコしながらすごく柔らかな雰囲気で入ってきて。その時に私すごく感動したんです。農家さんとしてやるべきことは、釜で炒る前の段階で全部やってるんですよね。だから仕上げは楽しく、喜びがあるんだって。私だったら、レシピを一度作ってもまたすぐに作り直せる。でもお茶農家さんは一年の中で決まった時期にしかお茶を収穫できないし、自分ではどうしようもできない自然の条件がある中で、お茶をつくられている。それをやっている農家の人に本当にリスペクトの気持ちが生まれた時でしたね」
逆にお茶農家の方がお店に来てくれた時には、「うちではこんなことできないから、こうやってお茶を使ってくれて本当に嬉しいです」と感謝の言葉を伝えられたそうだ。
「リスペクトすると同時に、刺激もいただけるんです」
大切につくられたものを預かって提供するという、茶農家とお店の関係性として、それはとても理想的な形だと感じられた。
寿里さんの言葉の端々から感じられたのは、様々な出会いを活かし、そのつながりを大切にしているということ。それは、[かんたんなゆめ]が目指すものにもつながっているようだ。
お店に訪れるお客の中には、親子三世代で来てくれる方や、地方から来た両親を連れて来る人なども増えたという。若い人ばかりだけでなく、様々な世代をつなぐコミュニケーションの中心に[かんたんなゆめ]がある。
寿里さん自身も[かんたんなゆめ]を始めてから「同世代で活躍するクリエイティブな友人にも出会えて日々刺激をもらっています」と語る。Seihoさんをはじめ、和菓子を中心にした様々なつながりが彼女の生き方を豊かにしている。そのことは、忙しいオープン前ながら、楽しそうに練り切りを仕込みお茶を淹れる表情から伝わってきた。
和菓子を通して、人と人をつなぐ。
それはまさしく寿里さんが抱いた夢そのもの。
代々木公園近くの場所に移転したことで、より人々の日常の中に[かんたんなゆめ]は溶け込んでいくだろう。
大切な誰か(あるいはそれは自分自身かもしれない)との時間を過ごすためのお供に、[かんたんなゆめ]の和菓子はいかがだろうか。
寿里|Juri
1994年生まれ、宮崎県出身。高校からパティシエ科専攻で製菓衛生師の資格を取得。卒業後は外資系のカフェレストランチェーンに就職したが、独立し2019年に渋谷のおでん屋[そのとうり]に間借りをする形で[かんたんなゆめ」をオープン。2020年に日本橋に店舗を移転、2023年3月に渋谷神山町にリニューアルオープン。[かんたんなゆめ]を拠点として、和菓子に馴染みがない人でもカジュアルに楽しめるようにアップデートを施しながら、さまざまな形で和菓子を広める活動を行なっている。
[かんたんなゆめ 渋谷]
2023年3月21日移転オープン
東京都渋谷区神山町41-3
12:00〜18:30
月火定休+不定休
instagram.com/kantan.na.yume
Photo by Kumi Nishitani
Text by Rihei Hiraki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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