• 愛知・常滑の急須作家、伊藤雅風さんの素顔<前編>
    急須づくりは土づくり

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    伊藤雅風がふうさんの急須に魅了される人がますます増えている。
    堂々としたクラシックなデザイン。それでいて、均整の取れたスマートさ。手に取れば、土の表情や質感がダイレクトに伝わってくる。
    この魅力はどこから来るのだろう? 雅風さんとはどんな人なのだろう?
    その急須づくりの現場を体感したく、愛知県常滑市にある伊藤雅風さんの工房を訪ねた。

    常滑とこなめは、知多半島西岸の中央部に位置し、名鉄名古屋駅からは特急で30分ほど。向かう電車内にはスーツケースを引く人が目立ったが、常滑のもう一駅先には中部国際空港があるのだと気づく。

    「とこなめ」とは変わった響きだが、その由来は、昔から粘土質の土壌が多く「滑らかな床(とこ=地盤)」と呼ばれたからといわれている。良質な粘土は焼き物に適している。福井の越前、愛知の瀬戸、滋賀の信楽、兵庫の丹波、岡山の備前、そして常滑は、「日本六古窯ろっこよう」と呼ばれる中世から現在にまでつづく日本を代表する陶磁器の産地。常滑がその中でも最も古く最大規模を誇った地である所以もその土質があってこそといえる。

    常滑の土は鉄分を多く含み、そのために低い温度でもよく焼き締まる性質がある。これは大型の焼き物を造るのにメリットがあるそうで、大きな甕の類は900年以上前(平安時代末期)からつくられてきたという。また「朱泥しゅでい」と呼ばれる、赤く焼き上がる土も常滑の大きな特徴の一つ。自然の土が、火によって赤く色づく。色付けの釉薬も酸化鉄も使われない「焼締め」「本朱泥」の急須は、雅風さんがこだわるところでもある。

    土の美しさをまっすぐに焼く、その手仕事の

    雅風さんは、地元・常滑市に工房を構え、ほぼ毎日急須づくりに打ち込んでいる。

    「なかなか休むという行為ができないんです。ものづくりをやっている身としては、休む時間というのは何も生み出せていない時間なので」という言葉が、生粋のつくり手という印象を与える。それでも、雅風さんの物腰はいたって柔らかく、柔和な笑顔に控えめな話し方で近づき難さのようなものは感じさせない。

    急須づくりのあらましを見せてほしいと依頼していた我々に、まず見せてくれたのは、まさに毎日休まずに行う土づくりだった。

    伊藤雅風さん。工房の前に大きな甕とポリバケツのセットが4組ほど並んでいる。これが土づくりの基本であり全てともいえる「水簸」の作業

    「土をつくる」という概念が一般人の我々にとっては新しい。雅風さんが使うのは全て自然から採られた土だが、もちろんそこにはきれいな粘土以外にも植物の根っこやいろいろなごみが混じっている。それを選別して、細かな粘土だけを取り出し“急須づくりに適した土をつくる方法”が、この「水簸すいひ」だ。

    「この元甕(茶色の焼き物の甕)には原土が入っていますので、ごみとかが混じっています。それを篩にかけて、きれいな土に分けていくんです。毎日やらないとだめになるというわけではないですが、やらないと土(粘土)ができていかないんです」

    元甕の底に原土が沈んでいる。それをかき混ぜた後に10分放置することで、重い=大きな土などは沈んでいき、上澄に粒子の細かな粘土が浮かぶ。それを掬って篩にかけて、隣のポリバケツに移していく
    青のポリバケツの中には粘土が溜まる。こうして土を精製するのが水簸。何度か繰り返すとポリバケツの方は満杯になってしまう。その水嵩を減らすためには、粘土が底に沈んでから上澄の水だけを取り出さないといけない。つまり水簸はたくさんやりたくても一回にできる量に限りがある。だから毎日コツコツと繰り返さなければならない

    「目が細かいので少しずつしか溜まっていかないわけです。これを1年間やりつづける。まぁたまにできない日もあるのですが(笑)、365回近くやったとして、今度は水を抜く作業をします。毎年1月に、別の甕に移し替えるんです。その甕は焼きが甘いので水が滲み出して徐々に抜けていく。甕いっぱいに入れたものが数ヶ月すると半分くらいの量になって、ようやく練れるぐらいの硬さになります。その状態の粘土をさらに3年とか5年寝かすっていう感じです」

    さらりと、すごいことを言う。つまり、この日やった作業というのは、来年の1月まで積み上げ、そこからさらに3〜5年後ようやく使えるものを作っているということ。作業は思ったよりも単純だが、時間と手間のスケールが桁違いだ。

    精製された粘土を掬い上げてもらった。触れてみると滑らかすぎて、まるで指がすり抜けるような感覚。水溶き片栗粉を数段サラサラにした感じといえば少しは伝わるだろうか
    素焼き甕で水分を抜いた後、鉢に盛りさらに水分抜きをしている最中の土。あと数年寝かせる予定だ。ひんやり、しっとりとした感触。水中ではサラサラだったが、塊だと密度が高くずっしりとした重みを感じる

    「土づくりが大変っていうのは、この細かい粘土をつくるのが大変っていうことですね。機械で粉砕した土というのも手に入りますが、こうやって自然の粒子を使うのとでは違うのかなと思っています。常滑の急須が“焼締めの急須”と言われているのであれば土を突き詰めないと、と僕は独立したときから思ってやっています」

    組合から陶土を買うことはいたって一般的だが、雅風さんは全ての作品づくりにおいて自ら水簸した土を使う。「新しいことは何もやっていないんです」と語るように、水簸自体は伝統的な方法。だが、現代にあえてそれを徹底することは少し変わり者とすら見られた。

    「僕が始めたころはけっこう馬鹿にされましたからね。本朱泥(天然の朱泥のこと)を今更突き詰めようなんて無駄だと思われるわけです。でもその原点回帰のようなことが、たまたま評価してもらえた。特別すごいことをやっているわけではないんです。水簸のやり方は大将(雅風さんは師匠である村越風月さんをそう呼ぶ)から教わりましたが、人力でこんなにきれいな土ができるんだってすごく感動したんです。やっぱり自分で一から作っているということが楽しいんです。買ってきた土で焼いた急須を褒められても、多分全然入ってこないんですよね。自分で作ったものだから、褒められて嬉しい。焼くのも、検品も発送も、全部自分でやらないと嫌なんです。まぁ、効率の悪いことばっかりやっていますよね」

    そんな自らのこだわりに「うう〜ん」と少し困ったように唸りながら、でも素直に笑う雅風さんの表情が印象的だった。そうして年単位の日々を積み重ねてつくった土だから、「急須以外のものをつくるのは、どうしてももったいない気がしてしまうんです」とすら話す。やはり生粋の急須作家なのだ。

    数年前からは、各地の茶産地の土を譲り受け、同じように水簸を経て粘土をつくり、急須を焼くという試みもつづけている。「それもほぼ趣味のような感じです」と話すが、「お茶があっての急須」という考えから作品を生み出し、茶農家との接点も作っている素敵な取り組みだ。

    常滑に生まれ育った雅風さんだが、陶芸や急須づくりの家系というわけではない。そんな彼がいかに今、最も注目される急須作家の一人になったのか。場面を土づくりから急須づくりの工房へと移しつつ、さらに話を聞いていこう。

    伊藤雅風|Gafu Ito
    1988年、愛知県常滑市に生まれる。常滑高等学校セラミック科を卒業後、名古屋造形大学産業・工芸コースに進み陶芸の基礎を学ぶ。在学中の2009年から村越風月氏に師事。2012年、独立。愛知県常滑市にて制作。2024年12月14〜21日、埼玉・川越市のギャラリー うつわノートにて個展開催。
    instagram.com/gafu_ito

    Ocha New Wave Fes 2024での特別展示販売決定!
    5月25・26日に開催される「Ocha New Wave Fes 2024」では、伊藤雅風さんが京都・宇治白川土でつくる急須などが展示・販売されます。この土は、同イベントに出店する[売茶中村]から提供されたものです。会場では、作品を実際に手に取り、試し注ぎも可能になる予定です。なお販売方式は抽選を予定しております。貴重な機会をぜひ会場でお見逃しなく。
    https://onwf2024ticket.peatix.com

    Photo by Mishio Wada
    Text by Yoshiki Tatezaki

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