• あの日消えてしまった「天空の茶の間」から
    片平次郎さんは何を見つめるのか<前編>

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    台風15号の影響により被害を受けられた皆さまにお見舞い申し上げます。

    今回は、静岡市清水区の両河内(りょうごうち)地区で、豪雨による被害を受けた茶園[豊好園]で取材をさせていただきました。園主・片平次郎さんのご厚意により、特別に被害現場も撮影させていただきました。復旧そして復興に向けて今も刻々と状況が変化している中ですが、取材日=10月12日時点での片平さんの声を中心にお届けします。

    (こちらの記事では、台風15号で被害を受けた場所の写真が掲載されております。関連する情景に敏感な方は閲覧にご注意ください)

    天空の茶の間が、なくなってしまった

    9月23日夜から24日にかけて、台風15号による豪雨が東海地方に降りつづいた。

    「夜、めっちゃ雨降ってるなって雨音で起きるくらいの雨。外を見たら、洪水なんです」

    [豊好園]3代目園主の片平さんは当時、同じ清水区内の妻の実家にたまたま滞在していたという。静岡県内各地では土砂災害や氾濫の危険を知らせる警戒情報が発令されていた。次郎さんも参加する消防団のLINEでは、両河内の様子も速報されていた。

    当初は「ここはもともと洪水の土地。両河内は大丈夫なはず。それよりも他の場所にある畑の方が気になった」と心配はしていなかったという次郎さんだが、写真や動画で付近の状況が送られてくるにつれて、不安感は大きくなっていた。

    「秋冬番(シーズン最後に製茶するお茶)がこれからあるし、工場が浸水したらやばいななんて思いながら、眠れずに朝を迎えました」

    24日朝、次郎さんにとっての相棒とも呼べる愛車のフィアットを置いてあった関係先から電話が入る。

    「その方の家まで水没しちゃっていて、僕のフィアットもって。『いいです、車はもうしょうがないので』って言って、それから両河内に戻ったんです。結局、その日の午後入れたのかな。工場の周りをぐるぐる見て回って、あぁとりあえず大丈夫だと。中は全然問題なくて、一番心配していた生葉を入れる地下コンテナにも水は入っていなくて、よかった……って奥に進んだらもうすごいことになっていた。民家のすぐ横に土砂の山」

    [豊好園]が清水エリアの他の茶農家と共同で運営する茶工場は、両河内の布沢という村の入り口にある。そこから布沢川に沿いの道路を進むと民家が立ち並んでいる。茶畑と併設される「天空の茶の間」があるのは、工場の裏の道を車で10分ほど登った山の上だ。民家付近まで流れ落ちてきている土砂を重機で取り除くのが先決で、すぐに山の上の茶畑を見に行くことはできない状況だった。しかし、徐々にその土砂がどこから流れてきたのかがわかってきたのだった。

    「どうやら、うちの山らしいって。(茶畑で足場づくりに使用されていた)タイヤも下に来ていたので、もしかするとうちっぽいなと思ってはいたんですけど、川向こうから山の上を見ると、うわ、ほんとにない……って。でもそれどころじゃなく下がすごい状況だった。夕方になって山の上まで登って確認することができました」

    「天空の茶の間」があった茶畑は、頂上付近のすすきの林あたりから地滑りによって崩落していた
    上から見下ろす。左手の茶畑は無事、右隅にも茶畑の一部が残っており、ほんとうに真ん中だけが滑り落ちた形。土砂はそのまま山を滑り落ち、村まで達した
    この沢に土砂が溜まって周囲は洪水になったという。「犠牲者がなかったのが本当によかった」
    近くの空き地には土砂とともに流されたタイヤなどが積まれていた

    『3年前位から豊好園を飛び立たせてくれたこの山。
    茶の間のおかげで毎日毎日色んな人が来てくれました。

    50年も茶畑でどんな台風も全く心配ない畑だったのに。

    今回は耐えられませんでした。

    残念ながら天空の茶の間がある畑は1番上からの土砂に飲まれ下までなくなってしまいました。

    もうこの景色でお茶を飲むことは出来ません。
    現場は本当に土砂崩れで、せめて綺麗な畑の姿で皆さんに終わりを伝えたいと思います。

    来ていただいた皆さまの記憶と、あれば写真で
    天空の茶の間は生き続ける。

    ありがとうございました。』

    (片平次郎さんのFacebook投稿より)

    次郎さんのFacebookで事態の一報を知ったとき、大きな驚きとショックが胸を駆け巡った。この景色を実際に見た人、写真や映像を通じて知っていた人など、多くの人が同じ気持ちだったと思う。まさか紅白歌合戦に茶畑が出るなんて、と昨年末には嬉しい驚きを全国(のお茶ファン)に与えたばかりだったのに……。

    「この畑はちょっと、気にもしてなかった。他は何ヵ所かこれまでも大雨降った時にはやべえなと思うところはあるんだけど、ここは全く考えてもなかったので。それぐらい、災害の起きない場所だったんですよね。崩れたのもすすきの生えている、何でもないところから。畑や茶の間とは違うところだったので、人災ではなかったのはよかったですけどね。よりによって、ここかって気はしますけど」

    その後、数週間は怒涛の日々だった。復旧作業のかたわら、「茶の間」の予約者への対応もしなくてはならない。そして、茶農家として秋冬番茶の製造を止めるわけにはいかない。

    「とにかく、工場が無事だったので茶農家としては生きていけると思ったんです。茶の間はなくなっちゃったけど、お茶を作って売ることができる。だから、そこまで落ち込まず今までいるんですけど」

    落ち込んでいるひまはないと前を向いた次郎さん。もちろん、複雑な思いが胸に去来し、さまざまな考えが頭の中に渦巻いていたはずだ。それでも、つくるお茶が目の前にあるということが、次郎さんを動かしつづけていた。

    そして、そんな次郎さんを知る多くの人たちからのエールも届いていた。そこで実感した茶農家としての思いと、次のチャレンジについては後編で。

    片平次郎|Jiro Katahira
    1984年生まれ。静岡県の中央に位置する山間部、両河内で日本茶の栽培・製造販売を行なう豊好園の3代目園主。標高350mの斜面に広がる茶畑からは富士山やときに雲海が望め[天空の茶の間]として広く知られる茶畑となった。2022年9月の台風15号で被災し消失した[天空の茶の間]は、現在クラウドファンディングを通じて多くの支援を受けて再建に向けて動き出している。
    https://camp-fire.jp/projects/view/630264(「天空の茶の間」再建のためのクラウドファンディング)
    houkouen.org
    instagram.com/japanesetea_houkouen (instagram)

    Photo: Yu Inohara
    Text: Yoshiki Tatezaki

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    あの日消えてしまった「天空の茶の間」から 片平次郎さんは何を見つめるのか<後編>

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    2022.11.11 INTERVIEW茶のつくり手たち

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