• 江戸からつづく狭山の茶園
    今年もお茶づくりは止まらない
    奥富雅浩さん
    <後編>

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    江戸からつづく狭山の茶園 今年もお茶づくりは止まらない 奥富雅浩さん <前編>

    「夏も近づく八十八夜」 『茶摘』として知られるこの歌の冒頭にある「八十八夜」とは、立春を1日目として88日目のこと。今年は5月1日がそれにあたる日だった。地域や品種によって最適な収穫タイミングに幅があるものの、一番茶の新…

    2020.06.02 茶のつくり手たち

    埼玉県狭山で江戸時代から続く茶園「奥富園」の15代目奥富雅浩さんを訪ねた5月下旬。煎茶の製造がひと段落して、茶畑や工場も案内していただいた。この日、住居の裏側に広がる茶畑では、抹茶用の一番茶の手摘みが行われていた。

    「うち、やりたがりなんです」

    奥富園の畑は家のすぐ裏(別の場所にも所有する畑がある)、向こう側にはまた別の住宅が並ぶ。茶畑というと山のイメージがあるが、狭山丘陵を中心に広がるこの産地は、生活圏の中に織り込まれた立地環境だ。東京からも車で1時間程度で来ることができる。

    晴天に恵まれたこの日、朝7時過ぎから「さみどり」という品種のお茶が一本一本手で摘まれていた。毎年お手伝いに来るという近隣住民の方々が25人ほど、今年は各自マスク着用でディスタンスを取りながらも、和気藹々と茶摘みを行なっていた。

    「みなさん、茶摘みに出てくると人とも喋るし、元気になるみたいです」と奥富さん
    今年はコロナの影響で中止となったが、例年はお茶摘み体験を開催している

    「ぷちぷちぷち」っと良い音が響いている。抹茶用の茶葉は「こき摘み」と呼ばれる方法で摘まれる。左の手で枝を押さえながら、右の親指と人差し指で挟むようにして下から上に引っ張ると、ちょうど柔らかい葉と芽の部分が取れる。一見痛そうだが、全く痛くなく、むしろ「ぷちぷち」と指に伝わる感覚はけっこう快感。

    自然仕立てという育て方で枝は自由に伸びていて、その背丈はまちまち。そのため全て手摘みをしなければならない

    奥富園では煎茶、抹茶の他、玉露、紅茶用など全部で15品種も育てている。中には、赤坂・日枝神社の茶の木の種から育てたものも。

    「うち、やりたがりなんですよ。親父がそうだった。紅茶もすぐに始めたし、抹茶も親父が中心になって始めた形ですし」

    14代目の奥富康裕さん。ほうれん草が本業でお茶は趣味と笑う

    狭山での本格的な抹茶生産は、2006年5月に関東初の碾茶工場「明日香」が稼働したのが始まり。明日香は、奥富園の目と鼻の先にある。この日も工場を動かしていたのは、とても元気な父の康裕さん。狭山で抹茶をつくることでお茶づくりの幅が広がるだけでなく、文化が生まれてくるはずと目を輝かせて語ってくれたのが印象的だった。

    今こそ、新しいお茶が生まれるチャンス

    お茶づくりへの情熱は、そのまま雅浩さんにも受け継がれている。狭山茶の特徴である火入れを最大限に活かしたお茶として最近「鬼の白骨」という商品を開発した。葉よりも火入れを強くできる茎をメインにしながら煎茶をブレンドすることで、すっきりとした甘みをともなう香ばしいお茶に仕上がった。煎茶ともほうじ茶とも違う。冷茶にしてもとても美味しいお茶だ。

    もうひとつ、奥富さんが今、特に熱中しているお茶づくりの要素が萎凋(いちょう)だ。萎凋とは、摘み取った茶葉を風通しのよい場所に放置して、葉を萎れさせて香りの発揚を促す工程のこと。緑茶の場合、色が損なわれるため萎凋のし過ぎは良しとされないが、萎凋によって生まれる花やフルーツのような香りは、味づくりの大きな可能性を秘めている。

    こちらがオリジナルの萎凋槽。高床構造で下から風を流すことができる。
    煎茶の場合、数時間から長くて8時間ほど、香りの具合いを確認しながら行うのだそう

    「茶業青年団の団長をやっていた時、新しい取り組みとして萎凋茶の品評会を始めました。批判も受けたりしましたが、これからのお茶の可能性として魅力があると思っています。新しい狭山茶の特徴というか武器になるのではと。狭山にはもともと萎凋に取り組んでいる方が多かったこともあり、“良い萎凋”という形を示せれば他の人も取り入れやすくなるし、活気付くだろうと」

    茶葉の赤くなっている部分が萎凋の印。品評会ではこの赤みはマイナス点だが、「欠点ではなく個性だと思う」と奥富さん。
    このスタイルでお茶の美味しさを追究する

    この日、いただいたもう一杯のお茶は萎凋を強めにかけた「ふくみどり」だった。華やかな香りがすぐに感じられ、青リンゴのような、飲み進めると柑橘のような風味が残ってとても美味しい。

    「茶葉は摘んでからも生きていますから、その変化をうまく使ってあげる。この味づくりは100%お茶の可能性でできること。萎凋させることによって、品種の個性もより出てくる。単純に、今一番面白がってやってることです」

    お茶に対する創意工夫は、今の時代にこそ注目されるべきものだという。

    「お茶、面白いですよ、本当に。今だからこそ、新しいお茶が増えている気がします。昔のたくさん売れていたような時代って、同じようなお茶しかできなかった。今は売れないからこそ、全国の生産者が工夫をしている。うちも微発酵茶とか白茶とか、いろいろ試作してるところです。半分遊んでいるくらいじゃないと、新しいことって出てこないですよね。ちょっと変えてみることとか、遊びから生まれることってあると思います」

    今年もお茶づくりは止まらない。そして奥富さんにとっては、来年もそのまた先も、お茶づくりの面白さは止まらないのだろう。

    奥富雅浩
    1980年生まれ。埼玉県狭山市の茶園「奥富園」の15代目園主。手摘みによる高級煎茶から本格的な深蒸し煎茶のほか、イギリスのグレイト・テイスト・アワードで入賞した紅茶などを製造販売する。ジャパニーズティー・セレクション・パリ2019では煎茶部門で銀賞を獲得した。
    instagram.com/okutomien (奥富園 Instagram)
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    Photo: Yuri Nanasaki
    Text: Yoshiki Tatezaki

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