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2020.04.21

茶器と文化を巡る旅
陶芸作家・菊地亨さん

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木工作家の高山英樹さんが案内する益子の旅。古民家に暮らす石川雅一さん・圭さん親子、[民芸店ましこ]の三代目中山武さんと続いて、最後に訪れたのは、益子のおとなり笠間に暮らす陶芸作家、菊地亨さん。菊地さんの器は、渋谷の茶食堂[SAKUU 茶空]でも使われており、いま注目の若手作家のひとりだ。

休息の時間に、手に馴染む茶器

大谷石を組んで建てた住まいに妻とふたりで暮らす。このほかに、ろくろを回したり乾燥させたりする作業場と灯油釜のある小屋がある

大谷石を積んでつくった小さな平家。もともとは菊地さんの師匠の仕事場だった場所を、菊地さんが譲り受けて住まいとして使っている。玄関を入ると書斎、その奥にリビング、キッチン、バストイレと続く間取り。寝るときは、リビングの上のロフトベッドで。換気扇フードはゴミ箱。ちょっとした秘密基地のような趣だ。

菊地亨さん。「憧れです」という高山さんの訪問に少し緊張ぎみ

「師匠とぼくとで作った建物なんです。大谷石には鉄筋をいれて構造はしっかりさせました。でも、仕事場だったから、床はほぼ土間状態。ハウスメーカーに勤める友人から格安で資材等をわけてもらって床をつくって、書斎部分も増築しました」

菊地さんはデザインの学校を卒業した20歳すぎに、県の窯業指導所(現・県立笠間陶芸大学校)に入学。指導所を出た後は、藤本均定成(ふじもと ひとしさだなり)さんに弟子入りして陶芸の道へ。40歳を過ぎた頃に「ふわっと独立して」陶芸家として生計を立てられるようになった。

「陶芸を始めたのは、手に職を持ちたかったから。何かしらデザインの仕事をしたいと模索していたなかで、自分が手を動かすことで仕事になるのがいいなあ、と漠然と思っていて。で、たまたま窯業指導所に入れることになって。笠間に住んでいたから陶芸家になりたい、と考えたわけではなくて、窯業指導所の存在を知って笠間焼を知りました。もちろん、笠間焼という存在は頭では知っていたけども、身近すぎてよくわかってなかったし、とくに意識もしてなかったんです」

フレンチプレスで淹れたのはほうじ茶。東京の蔵前で購入した静岡茶だそう

「ぼくは急須を作れないから、うちには急須がないんです。だからフレンチプレス。楽でよくないですか?」と言いながら、自身が作った細長いチタン釉の湯飲みにほうじ茶を注ぐ菊地さん。形はさまざまだが、どれも持ちやすく手に吸いつくような触り心地。口離れがよく、飲み口の感触も非常になめらかで気持ちいい。

「この湯呑みは、来客時の軽いお茶のイメージ。ガブガブたくさん飲むのではなく、ちょっと喉を湿らす程度のお茶用。湯呑みは穏やかな飲み口がいいから、唇に触れた時の感覚にはこだわりました。ぐい飲みは刺激的な飲み口でいいと思っているので、ちょっとざらざらした感触に仕上げてます。あとは、そうですね、基本的に同じ形は作らないと決めていているんです。揃えるとすれば粘度の重さだけ。たとえば粘度を200gに丸めて、その時の即興的な気分で形をつくる。それを何個も。焼き上がった形は異なるけれど僕の中では同じ、一種類しかない形だと思っている。あ、でも、このテーブルに並んでいるのは、何種類か混ざってますよ」

しかし、菊地さんが茶器を作ったのは、つい最近のこと。今年の2月に東京・渋谷にオープンした[SAKUU 茶空]という食堂からの注文がきっかけだ。それまで自分から作ったことはなかった。

「お茶という形での仕事は初めてです。それで依頼された当初は、伝統に沿ったきちんとしたものを作っていたんですけど、ラフでいいよ、と言われて楽になりました。それと、茶空の打ち合わせをしているときに教えてもらった中国茶の専門店[LEAFMANIA]に行ったのも、とてもよかったです。店主の孟繁林(モウ ハンリン)さんに『お茶を淹れるときも、お茶を飲むときも、形式や様式は全然気にしなくていい。お茶は休憩のために飲むものだから』と、教えられて」

土をこねグラムを量り、丸めてつぶして水をつけ、ろくろを回し成形していく。だいたいの形をイメージしながら自分のバランスで削ったり広げたり。焼くと13〜15パーセント縮むという

「でもねえ、だいぶ楽になったとはいっても、茶空の器はお店で使うものだから難しいんですよ。だからぼくのポリシーである“同じ形は作らない”を曲げて、同じ形に揃えたんです。自分がいいと思っているものが、茶空にいいのかがわからないから。たとえば、食事用の楕円のお皿を作ってくれと注文されたときも、楕円のお皿といえば、いまの流行りの高さのリム(お皿の周囲にある一段上がった縁)がついて、とかあると思うんです。でも結果、ろくろを使わず手で形をつくって。リムに高さのない、ほぼ平らのお皿になりました。流行とは違うから、受け入れてもらえるか不安でしたね。3月に入ってグランドオープンしてから、メニューに生姜焼きが加わりましたよね。生姜焼きを盛り付けるには、皿が平たすぎて、汁がこぼれそう。使いにくいんじゃないかな、ってちょっと気になっています」

しかしその心配は無用のようだ。茶空に聞くと菊地さんの器はお客さんから人気で、かなり売れているそう。

[SAKUU 茶空]用に作った平皿を素焼きする前の状態。リムの模様はタオル地で

平皿の他にも、茶器に対する先入観がなかった菊地さんだったからこそ生まれたユニークな茶器が、まるで生き物のような形の急須の蓋置きだ。急須にお茶を注ぐとき、なんとなく蓋を裏返して、ゆらゆら動く不安定な状態で置くことがほとんど。菊地さんは「これは、あえて作らないとよくないな」と考え、上の面が平らな小さな円柱の陶器を製作する。お湯を注ぐときに、蓋をそのままこの台に載せておけば、ふたの縁をさわることなく衛生的に作業できる、というわけ。茶空ではカウンターの上にこの蓋置が整列しているのだが、「これなんだろう?」と注目するお客さんが多い。実際に蓋を置くのを見ると、「ああ」と納得する、些細だが理にかなった茶器だ。

[SAKUU 茶空]のカウンターに並ぶ菊地さんの蓋置は中が空洞の円柱形。蓋が置かれて初めてその用途がわかるのも、遊び心があってとてもユニーク

「世の中に蓋置きという存在が知られていないから、注目されるんですかね」といつも通り謙遜気味の菊地さん。

「でもやっぱり、お茶を淹れて飲むという一連の動作の中であったら便利だろうな、と思うものは作ればいいんだと思うんです。“お茶は休憩のために飲む物”なのだから、なるべくスムーズにストレスなく淹れたいですよね」

今回の益子旅はこれでおしまい。木工作家の高山さん、陶芸家の石川雅一さん・圭さん親子、[民芸店ましこ]3代目店主の中山武さん、そして、陶芸作家の菊地亨さん。全員に共通するのが「器は道具。道具は使うもの。使うものだから、デザイン偏重ではなく使い勝手も大切」ということ。みなさんも、大切にし過ぎてしまい込んでいる器があったら、ぜひ、使ってほしい。「使ってこそ器は生きる」のだから。

菊地亨
陶芸作家。1974年茨城県笠間生まれ。デザイン学校を卒業後、茨城県工業技術センター窯業指導所で陶芸を学ぶ。自宅本棚には北野武などの著書が多くならび、「僕の中で芸人は最強です」
www.instagram.com/couento (Instagram)

Photo: Yu Inohara
Text: Akane Yoshikawa
Edit: Yoshiki Tatezaki

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