• 下北沢で貫く茶師の責任
    しもきた茶苑大山
    大山拓朗さん
    <後編>

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    下北沢で貫く茶師の責任 しもきた茶苑大山 大山拓朗さん <前編>

    東京の下北沢に、茶師十段の日本茶鑑定士が営むお茶屋さんがあるという。定期的にほうじ茶を焙煎しているというので、訪ねてきた。 [しもきた茶苑大山]は70年ほど前から下北沢の地で店を構え、人々の営みに寄り添ってきた。2代目で…

    2021.03.16 INTERVIEW茶のつくり手たち

    [しもきた茶苑大山]には、自家焙煎のほうじ茶以外にも逸品が揃う。なかでも大山拓朗さんの名前を冠した〈茶師十段之茶 拓朗〉は、山の茶の豊かな香りとコクのある味わいが調和する、バランスが整った普通蒸し煎茶と人気が高い。

    店内には品質・特徴ごとに分類された煎茶のみならず、芽茶、茎茶、粉茶などの出物、さらには抹茶などさまざまなお茶が並ぶ。多様なニーズに、妥協のない品質で応える

    茶師十段とは日本茶の識別能力を競う「全国茶審査技術競技大会」で認定された段位のこと。十段が最高位で、日本全国でわずか15名ほどの俊英だ。大山さんは2003年(平成15年)に史上2番目の茶師十段に認定された。

    「〈拓朗〉のベースは普通蒸しの川根茶です。川根茶の生産地は、静岡県の大井川沿いに展開する急峻な中山間地に広がっています。高地でありながら、適度に雨が降り、かつ水捌けのいい土地で、朝霧が立つなど適度に湿度も保たれている。川根茶には、紅茶でいうところのハイランドティーと同様に、香り高い高品質のお茶を育むポテンシャルが備わっているんです」

    一方、急峻な土地のため大型機械の導入は限定的で、集約的生産は難しい。それらを背景に高齢化も進んでおり、好敵地にもかかわらず将来性が懸念される。「『稀もの』を育む素地を埋もれさせることなくクローズアップしたい」という強い思いから大山さんは、〈拓朗〉のベースに川根茶を選んだという。川根茶単体で売らないのは、「淹れやすさの追究に尽きます」。

    〈拓朗〉の茶葉。茶師十段の目で見ると、外観に指摘事項を残すとのことだが、「何よりもお客様が楽しむための味わいを優先した」とのこと

    「『気を以って貴しと為す』がポリシーです。川根茶に限らず、高地のお茶は香りが秀逸。一方、“気難しさ”もあります。淹れる温度によっては、渋味が“暴れる”ようなところがある。お客様の立場になると、このお茶は少し手を焼く。ならばと、パートナーとなる鹿児島茶をマッチングして、急須の中で川根茶の“機嫌”が悪くならないように取りなしたら、香りがよくて飲みやすいお茶になるんじゃないかと。そうプレゼンしたのが、この〈拓朗〉です。がんこ親父を、包容力のある奥さんがなだめているような関係性かな?(笑) 豊かな香りと確かな旨味、それらが織りなす調和が特徴のお茶に仕上がったと自負しています」

    つまり、それは、気難しい浅蒸し茶に、おおらかな深蒸し茶をあわせたということ?

    「いえいえ、どちらも普通蒸しですよ。天邪鬼でごめんなさい。普通蒸しですら“アフター深蒸し”ですから。そもそも私は“浅蒸し”という表現をしません。理由は、“若蒸し”という製造欠陥をイメージするから。実は蒸し時間の明確な定義というものがないんですよ。かつて、東京都茶協同組合で拝命した事業活動でのこと。あるとき、わたしが深蒸しと認識するお茶とほぼ変わらない外観のお茶が、普通蒸しと表記されている事案がありました。何をもって普通蒸しと表現するのだろうと疑問に思いましてね。あちらから見れば、当方の深蒸し表記こそ何をもってのことなのだろう、と」

    普通蒸しと深蒸しに明確な定義がないのなら、お茶はどう淹れるのがよいのだろうか。本来、おいしさとは十人十色。とはいえ、蒸し時間に変わらず、個々の特徴を表現できる淹れ方とは? 大山さんは、その「交通整理」を真剣に考えた。

    こうして考えたのが、いま目の前で淹れている方法だ。沸かしたお湯を湯呑みに入れる。速やかに、お湯を茶葉がひたひたになるところまで注ぐ。急須のふたはせず、茶葉の様子を観察する。

    「“浸出時間”を数値管理でなく、状態目視に置き換えてご提案している淹れ方です。ほら、深い緑色だった茶葉が、吸水するにつれ明るい黄緑色になってきますよね。『こういう色の変化がありますよ』とお話ししてあげれば、浸出を待つのは苦にならないものです。サイフォンでコーヒーを淹れる様子を眺めているのも楽しい時間で、待つだけの退屈な時間にならないのと同じです。1分半だの30秒だの70℃だの数字の羅列だとイメージがわかないことも『こういう状態を確認してください』と伝えれば、なるほどね、そうだね、と合点がいきやすい。本来の“お茶を楽しむ”という習慣として続けやすくなると思うんです」

    茶葉が十分に吸水して水面が見えなくなったら、湯呑みの残りのお湯を急須に加える。あとは注ぐだけ。

    「ひたひたにして待っている間に、残りの(湯呑みの)お湯も湯冷ましされていますよね。最初に注いだお湯は、沸騰したての熱湯でしたが、ごく少量、茶葉がひたひたになるだけの分量だから、お茶の葉にダメージは与えづらいのです。理由は、急須に熱が奪われるから」

    なるほど〜。煎茶が敬遠されがちなのは、沸騰させたお湯を70℃まで冷ますのがやっかいだから。沸きたてのお湯をひたひたに注ぐだけなら、毎日でも続けられる。煎茶、ぜんぜん難しくない。

    いただいたお茶は、熱湯でスタートしたにもかかわらず熱すぎて口に入らないという温度ではなかった。これまで飲んできた、おいしく淹れていただいたお茶となんらかわらない。水っぽくなく鼻からぬける香りもあって適度に渋みもある。なんだろう、めちゃくちゃおいしい。

    「『ぬるいお茶』でもないと思うのですが。ぬるいと香りがぼやけてしまうので気をつけてくださいね。お湯はできれば急須の4分目までに留めるのがおいしく淹れられる分量です。最大でも急須の6分目で留めておいてください」

    今回教わった煎茶の淹れ方は、お茶の生産栽培にも携わり、加工の下積みと、実体験から本質をきちんと理解している大山さんだからこそ。「あれ?」「なぜ?」「どうして?」を流さず、お茶やお客様、生産者、それぞれの声と真摯に向き合ってきたからこそ行き着いたものなのだろう。大山さんがいれば、これからも、数字に捉われず、名前に惑わされず、もっと自由にのびやかに煎茶を楽しめそうな予感がする。

    大山拓朗|Takuro Oyama
    茶審査技術十段。日本茶鑑定士。世田谷区「お茶のマイスター」。[しもきた茶苑大山]は 1951年(昭和26年) 東京・世田谷区下北沢の地で開店。現在は、お茶の販売部門を拓朗さんが、喫茶のテイクアウトを兄の泰成さんが担当する。兄弟の名前を冠した〈拓朗〉、〈泰成〉は看板商品。
    shimokita-chaen.com

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