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2020.04.10

茶器と文化を巡る旅
石川雅一さん・圭さん親子

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木工作家の高山英樹さんが案内する益子の旅。高山家で朝食を堪能した後、最初に訪れたのは陶芸家の石川雅一(はじめ)さん・圭さん親子のご自宅。高山さんと石川さんは、ここ1年くらいで急激に親しくなったそう。「以前から石川さんの存在は知ってたんだけど、なかなか機会がなくて」と高山さん。「話をするようになり、ご自宅にお邪魔したら、これがもう!すごい! いまではすっかり、〈高山的益子観光コース〉に、石川家訪問を組み込んでおります(笑)。長男の圭くんは、陶芸家でありながら京都の裏千家学園茶道専門学校を卒業した茶人。今日は圭くんがお茶を点ててくれるというから、楽しみにしていて!」

益子のおおらかさと道具の本質を味わう

陶芸家の石川雅一さんの住まいに通された瞬間、いい意味で度肝を抜かれた。建物は石川県から30年前に移築した古民家で、最初に建てられた時から数えると築130年にもなるそう。年代を感じさせる太くて黒い梁が巡らされた高天井の居室には、色あせた幾何学模様の布や木の梯子などアフリカ各地の古い民芸品がセンスよく飾られ、窓辺に置かれた大型スピーカーからはジャズが流れている。いろんな時代のさまざまな文化が混在しながらも、しかし、それぞれが過度に主張することなく調和した心地のいい空間なのだ。

リビングにはアフリカ大陸からやってきた骨董が並ぶ。祈りに使われたであろう仮面や装飾具、金属の食器など。雅一さんの粉引きを使った作品は、静かな印象の中に温かみがあるのが特徴

雅一さんの生まれは栃木県の宇都宮。趣味人だった父親の影響で、雅一さん自身も好きな仕事をやりたいと考えるようになり、陶芸の道へ。アフリカの民芸品蒐集だけなく、バイオリンやピアノを弾いたりレコードを集めたりと、好きを極めている。

「20代前半くらいだったかな、東京でたまたまアフリカの骨董を扱ってるお店に立ち寄ったのがきっかけです。日本の文化って、内へ内へと、建物の中や心の中に入ってくるけど、アフリカは真逆。バーンバーンと外へ外へと、出ていくんですよね。向いてる方向が日本のとは全く別もので、ものすごく衝撃を受けました。自分の中になかった価値観なものだから、憧れて会いたいと思うようになって。気づいたら、こんなに集めてしまった(笑)」

なるほど納得。住まいは住人を写す鏡とも言われるが、この家はまさに、相反するものを包括している雅一さんそのものと言えよう。まん丸の体格に心をときほぐす屈託のない笑顔と快活な話し方は、外へ外へと出ていくアフリカ的。一方で、雅一さんから生まれる器はのびやかながらも静謐で繊細。内へ内へと心の中に入ってくる日本文化らしさを漂わせている。

そんな父親の姿を見て育った圭さんが選んだのは、お茶を極めること。母親が点てるお茶に惹かれ、おいしいお茶を淹れられるようになりたい、と強く願ったのがはじまりだ。

時と場合に応じてさまざまな形で茶会ができる圭さん。この日はリビングという日常の延長で

裏千家学園茶道専門学校を卒業し、師範免許取得という、いわば茶道の王道を進んできたにも関わらず、圭さんの茶席は、形式通りではなく自由。亭主の圭さんを中心に、客は座卓を囲むように座り、それぞれが好みの茶碗を選ぶ。大笑いしながら会話を楽しみ、食べたいタイミングでお菓子に手を伸ばし、薄茶を味わう。通常の茶席では客が茶碗を選ぶことはなく、静寂の中、作法にのっとって進む。全く正反対だ。

本日の抹茶は伊藤園の「華の宴(はなのえん)」。圭さん曰く「伊藤園のお茶はさっぱりしていて飲みやすい」

「うーん、そうですね……、普通の茶席のように寡黙に道具を愛でるよりも、楽しく会話しながら道具は何でもよくて、というお茶の方が好きなんです。じっさい飯碗のひとつでもあれば、それがお茶碗になるわけですし。自分がいちばん好きなのは、ルーマニアの古いお茶碗。中世ヨーロッパ陶器のスリップウェアなんですよ。でも間違いなく低火度(ていかど)で焼かれているんで、楽茶碗(茶道で使われるお茶碗のこと。千利休が長次郎に作らせ、愛用したことで有名)と変わらない。この棗(なつめ、抹茶を入れておく容器)は知り合いの木工作家のものです。棗として作ってないので、少し小ぶりです。このように本来の道具でないものを、自分で見立てて使うのが好きなんです。自分がやりたいのは、そういう、その人の持ち味が出ているお茶会ですね。設えを考えるだけでも毎回毎回違うんで、すごくおもしろい。気に入った道具をみつけたら、これをどう見立ててどのように使ったらどういう茶会ができるかな、と考えるのもとても好きなんです」

ルーマニアの古いお碗のような器。使い続けるうちに、器の色艶が赤みを増し、釉薬もいい感じにひび割れてきた

完成された様式美でもある茶道の世界を、自分の見立てで柔軟に解釈していく圭さん。彼もまた、父親の雅一さんと同じように、相反するものをうまく調和させながら発信している。もしかしたら、益子という風土が関係しているのだろうか。

雅一さんは言う。

「益子には縦横上下のしばりがまったくない。京都など歴史ある街には、職人の組合みたいなものが縦横に張り巡らされているけれど、益子はみんながそれぞれ勝手に生きてるんですよ。子弟関係も薄いしね。それでいて互いを尊重している。これがすごい! ぼくは同じ栃木の宇都宮で生まれ育ちましたが、近くの益子が異次元すぎてびっくりしました。しかも住み心地がいいんです。温暖で日当たりよくて、山の地形もなだらかでね」

「益子のよさってね」と雅一さんはさらにつづける。

「生活にあったものを作る人が多いこと。ぼくも、自分にとってリアリティがあるから、暮らしのための器を作っている。器って有機的なものだし、触って感じるものなんです。ひとつひとつ違うんだよ、違うところが楽しいんだよ、って伝えたいです。ぼくが作った器でも、20年も使ってくださっていると育っていくんですよね。もう自分のものじゃないな、その人が育ててくれたんだな、って思います。手作りだからこそのよさで、工業製品と違うのはそこ。工業製品は窯から出てきた時がいちばんよくて、だんだん傷がついて汚れてくる。工芸品は傷でさえ景色になり、使い込むにつれ趣がでてくる。その差って大きいよね。そこをわかってもらえるとありがたいなあ」

陶芸家としての顔も持つ息子・圭さんの作品。この家の影響なのか、どこかアフリカ的雰囲気を纏(まと)う

大柄で豪快な雅一さんと、言葉をひとつひとつ選ぶように話すストイックな圭さん。見た目も印象も対照的な親子だが、「道具は愛でるためではなく使うためにあるもの」と同じ方向を見ているところは、やはり親子。圭さんの茶席が、今後どのように進化していくのかも非常に楽しみだ。

次は、益子の黎明期から、作家たちを支えた[民芸店ましこ]へ伺います。


石川雅一(いしかわはじめ)
南窓窯窯元。岐阜県の大萱(おおがや)の吉田喜彦氏に師事後独立。益子で登り窯の南窓窯を開く。ピアノやバイオリンを嗜み、レコードをコレクションし、アフリカの骨董を蒐集するなど多彩な才能の持ち主。

石川圭(いしかわけい)
裏千家学園茶道専門学校卒業後、栃木県窯業技術支援センターで陶芸を学ぶ。濱田晋作・友緒の両氏に師事後、2015年から父親の雅一とともに作陶を始める。
www.instagram.com/tanuki0726 (Instagram)

Photo: Yu Inohara
Text: Akane Yoshikawa
Edit: Yoshiki Tatezaki

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