• あらゆることを繋ぐお茶の力を信じて
    三重[而今禾 Jikonka]米田恭子さん<後編>

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    あらゆることを繋ぐお茶の力を信じて三重[而今禾 Jikonka]米田恭子さん<前編>

    [而今禾(Jikonka)]は、米田恭子さんと夫の西川弘修さんが1998年、三重県の関町(せきちょう)にオープンした、衣食住にまつわる品々を販売するギャラリー。2010年には[Jikonka Tokyo](世田谷区奥沢)、2012年には[Jikonka TAIPEI]をそれぞれオープンしており、器や衣服のセレクト・販売にとどまらず、それら道具を通じてより豊かな暮らしの形を提案している。そんな米田さんがここ数年、特に力を注いでいるのがお茶づくりだという。今回は、[Jikonka]が手がける“日本でここにしかない”お茶のシーンを体感させていただくべく、三重を訪ねた。

    2021.11.23 INTERVIEW茶のつくり手たち

    三重県亀山市関町のギャラリー[Jikonka SEKI]と、正藍染しょうあいぞめとお茶づくりの工房[KOBO Jikonka]を拠点に活動する米田恭子さんを訪ねている。

    幻の紅茶品種「F4」が根付く土地を見学させてもらってから工房に戻った一行。関宿名物、[鈴鹿亭]の太巻きをお昼ごはんにいただき、いよいよ米田さんによるお茶の時間が始まる。

    米田さん自身がデザインを手掛けたという茶房。アーチがかかった入口を少し背をかがめて入る。日本、台湾、中国、韓国など、各地で米田さんが見つけてきた道具が、柔らかな午後の陽光に包まれている。

    この日、ご用意いただいたお茶は3種類。
    「丸茶」「F4紅茶」そして「伊勢小青柑いせしょうせいかん」。
    順番にいただきながら、米田さんのお茶観についてもたっぷりと伺った。

    湯の中で開く葉の美しさ「丸茶」

    まずはじめにいただいたのは、米田さんが「丸茶」と呼ぶお茶。初めて聞くお茶の名前だが……。

    「はい、うちのオリジナルです。春先の芽が全然開いていない時期に手摘みしたF4の茶葉です。ほぼ白茶と同じ作り方で、茶葉を萎凋させるために置いておきます。それで、しなしなの可塑性のあるうちに、ふんわりとガーゼで丸めていくんです。それを、てるてる坊主状態で洗濯干しに吊るして。そうやってつくったお茶です」

    小さなお団子状に丸まった4〜5グラムくらいの茶葉を器に入れ、そこにお湯を差す。お湯を注ぎ足すごとに、芯芽が徐々に開きほぐれていく姿に目を奪われる。

    「日本の皆さんにお茶を提案するときに、茶葉にフォーカスしたいというのが私の中にあるのです。茶葉は処理が煩わしいとか、つまりごみだと思っている人の方が多い。ティーバッグもペットボトルも楽で便利ですし、それはそれでいいと思います。でもそれだけじゃなくて、やっぱりお茶って植物であること、お茶の木の葉っぱから作っているのですよ、ということが分かるお茶をつくりたいという思いがあります」

    丸茶が入った楕円形の片口からいったん茶海へ移し替え、めいめいの茶杯へと注ぎ分ける米田さん

    水色すいしょくは薄い黄金色で綺麗に透き通っている。液体にはややとろみがあり、「いい白茶にはとろみがあるんですよ」と米田さん。

    お茶のスタイルは台湾の茶人からの影響が強いのだそう。そもそも米田さんと台湾とのつながりは、2004年に刊行した『おいしいをつくるもの』という著書(西川弘修さんと共著)を台湾の有名ファッションデザイナーのジャメイ・チェン(陳季敏)さんが偶然見つけ、「こうしたライフスタイルの波は、じきに台湾にもくる」と米田さんを伴って台北で日本の陶芸品の企画展を始めたことから。

    「通訳で関わってもらっている日本人の女性もお茶の先生で、茶科学の先生や研究者、茶農家さん、茶人の方々を紹介してくれ、台湾でいろんなお茶をいただいくうちにどんどんお茶のことにハマっていった感じですね」

    綺麗に開いてきた丸茶の茶葉。芯芽の形ととろみが、まるでジュンサイのよう

    台湾でお茶の世界に目覚めていったという米田さんだが、お茶のルーツは“母のお茶”にもあったのだそう。

    「うちの母親たちが新茶の時期に手摘みでつくっていたお茶がすごく美味しかったのです。でも大人になって、どこで買ってもその味に出会えなかった。台湾に仕事に行くようになってから文山包種茶(台湾茶を代表するお茶の種類で、発酵の軽い烏龍茶)を飲んだときに、『あ、これお母さんたちがつくってたお茶だ』って、やっと見つけたという思いでした。それが、自分でお茶をつくろうと思ったきっかけの一つですね。それと、台湾の人たちのお茶のシーンがあまりにも素晴らしくて、自分もお茶の産地にいるのに全然お茶のことを知らなくて、悔しいというか、自分たちがお茶を楽しめていない、という思いがありましたね」

    独特の甘さとメンソールの香り、F4の紅茶

    「お茶を淹れて楽しむということを知らないと、人生の半分とは言わないですが、3分に1くらいは損してるだろうと思った」と、台湾に根付いたお茶文化を目の当たりにして感じたと話す米田さん。2種類目は、今では淹れるのみならずつくる楽しみまで教えてくれるF4の紅茶をいただく。

    背丈よりも高く、人の手も借りずに何十年も生き続けた茶樹のワイルドな力強さを感じる香り。口に含めば、糖のような甘さに、少しシソのお漬物のような風味も感じる。飲み進めるとより感じるのがスッと爽やかな後味。この切れの良い渋味が、このF4の味の最大の特徴だという。

    「メンソールっぽい香りがあるのがF4の特徴です。嫌な苦渋味ではなく、メンソール系の香りとともに、喉元がスッとする渋味がありますね」

    煎を重ねて長く楽しんでいたいお茶という感じ。

    台湾ではこうして、ひねもすお茶を飲み、楽しむ大人たちがいるのだそう。その脇では、遊びながら「3煎目が好きだから、淹れたら教えて」と自然とお茶に親しむ子供たちまでいるという。なんと豊かで平和な景色だろう。国の文化、それをかたちづくる人々の暮らしの大事なことをお茶が繋いでくれているということを感じたのだと米田さんは話す。

    「『1煎目は茶葉が開いてないので、香りだけ。2煎目で茶葉が開いてきて、3煎目で香りと味のバランスが取れるんだよ』と、小さな男の子が教えてくれました。 お茶を淹れ、楽しむことが、その国の生活文化や全ての環境を良い循環に変えているんだと、何度も体感することがありました」

    柑橘の中に入った茶葉、煮出して愉しむ「伊勢小青柑」

    さて、いよいよ次が最後のお茶だが、それを淹れる前にいくつか変わったお茶を紹介してもらった。

    「吉柑烏龍」と書かれた桐箱に入ったこれは……

    こちらの黒っぽい円盤のような物体。米田さんがギャラリーの奥から取り出してきてくれた、“ある種のお茶”だという。桐箱の中に、「大吉大利」(幸せを願うお祝いの言葉だそう)と書かれた内袋入りで収められていた直径15センチほどのこの物体は、なんと夏みかん。そして、その中には烏龍茶が詰まっている。

    「台湾の南投県というフルーツの産地で有名な場所があって、生産者を訪ねました。夏みかんみたいな大きな柑橘に、お茶を詰めたものをつくっているところです。柑橘の中に、茶葉と漢方薬、柑橘の果肉を混ぜてつくる少数民族のお茶ではなく、書家でもある茶人がプロデュースするお茶で、夏ミカンをくり抜き、中に烏龍茶の茶葉を入れたオリジナルのお茶。これをつくっている人の家にも、すごく大きな柑橘に詰めたものが飾ってありました。それは、息子さんが生まれたときにつくったものだそうで、その子が結婚する時に、親族、友人などたくさんの方を招き、このお茶を淹れてお祝いするためだそうです。中国や台湾では、そうやって成人したお祝いとかでみんなで飲むことがあるそうです」

    撮影のために特別に袋から出していただいただけなのに、柑橘のようでいて、それだけにとどまらない、蜜のようなカラメルのような、えもいわれぬ香りが漂ってきた。

    そしてこちら、大きめの飴玉くらいのサイズの丸いものが「小青柑」と呼ばれる、みかんの中にプーアール茶が入ったもの。中国・杭州の国立の茶業試験施設で初めて淹れてもらってから、日本でもつくりたい!と研究を始め、さまざまなお茶屋さんで小青柑を探したのだそう。

    「私、実はプーアール茶はあまり好きではないのです。だけど、小青柑は、柑橘の香りと相まって飲みやすいなって思いました。何よりもそのルックスに惹かれました。『これつくりたい』って初めて飲ませてもらったその場で強く感じました。三重には柑橘もたくさんありますし、自分たちの土地のものを素材全てに使えたら絶対いいなって、単純に思いました。でもつくるのはなかなか難しいよって向こうの人に言われて。それでも、日本の素材と環境で出来るものでいいと思いました。逆にそれが日本独自のものになるだろうと思って。それから自分たちでつくれるオリジナル小青柑を試作してきました」

    2年熟成の紅茶を使用して、色が青いうちに摘んだ柚子に詰めて焙煎・乾燥させる。本来長期保存ができるものだが、つくり方を間違えるとカビが発生してしまったりする。試作と失敗を積み重ね、数年かけてようやく商品として完成した「伊勢小青柑」。

    飲み方は、まず包みにくるんだまま柚子を丸ごと割る。お湯で抽出し、煎を進めながら飲んでいく。急須でも可能だが、その場合本領発揮するのは5煎目以降とのこと。1煎目から味を出すのにおすすめなのは、熱湯を入れさらに火にかけて煮出す方法。

    紅茶よりも濃い色の熱々の伊勢小青柑。ポットの中にお湯を継ぎ足して、火にかけてぐつぐつと煮出す。日本茶の世界では、渋味が出るので熱湯は冷ましてから、というのが定石としてあるが、逆にこれでもかというほど沸かす。それでも渋くなることはなく、本当においしい。

    「日本の煎茶も、もちろん好きですが、お茶を淹れたことがない人にとって、淹れる温度が難しいと感じています。それを考えると、熱湯でさっと淹れられる発酵茶は親しみやすい。発酵茶を提案したい理由はそこにもあります。台湾でグラグラと沸いたお湯で淹れているのを見て、これはわかりやすいと思ったのです」

    3種類いずれも台湾、中国の文化に精通している米田さんだからこその発想のお茶だった。

    「流行に乗るのは大嫌い」と言い切る米田さん。何かの後を追って二番煎じをするのはつまらない、と。全員が満足してお茶を飲み終える頃、米田さんからとても力強い言葉が聞かれた。

    「お茶には日本という国を変えていけるすべてを繋ぐ力があると思いますよ。本当に」

    その想いこそ、米田さんがお茶をつくり、淹れる原動力となっている。台湾や中国の豊かなお茶の時間を体感し、日本でもそれに劣らない豊かさを体験させるお茶がつくれる。その実践者である米田さんの言葉だからこそ、強い説得力がある。

    伊勢小青柑には身体を温める効果もあるのだそう。

    身体の温かさは、たっぷりいただいたお茶からか、米田さんの熱い言葉からか、もはや判別できなかったが、身も心も満たされる特別な時間だった。

    米田恭子|Kyoko Yoneda
    三重県松阪市生まれ。美術学校で陶芸を専攻、陶芸家として独立。その後、陶器、テキスタイルなどの展示会を企画。1998年、亀山市関町に[而今禾(Jikonka)]をオープン。衣食住から学ぶことをテーマに暮らしの道具を提案。台湾の有名ファッションデザイナーJamei Chenとの出会いを端緒に、台湾で日本の工芸を紹介すべく展示会を企画。現在は、関町を拠点に、中国へも活動を広げながら、お茶の可能性を探求している。
    jikonka.com
    instagram.com/jikonka_seki

    Photo: Kazumasa Harada
    Edit & Text: Yoshiki Tatezaki

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