• 日本人はなぜ日本茶を飲むのか
    田島庸喜さんに聞く
    お茶と風土
    <後編>

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    日本人はなぜ日本茶を飲むのか 田島庸喜さんに聞く お茶と風土 <前編>

    ティーペアリングが広げるお茶の世界観 食の分野で「マリアージュ」や「ペアリング」といえば、料理と相性の良いワインを組み合わせて、香りや味わいにさらなる深みを与える食体験のひとつのかたちとして定着している。一般的に思い浮か…

    2020.02.26 日本茶、再発見

    お茶の懐かしさは日本人の営みにあり

    前編では、The Tea Companyのボトルドティー「Thé D’or」をワイングラスに注いで香りと味わいを感じながら、ティーペアリングによって広がるお茶の多様な楽しみ方を田島庸喜さんに教えていただいた。ここからは畳敷きの一室に移動して、田島さんが淹れるお茶を囲みながら、日本人にとってお茶とはどのような存在なのか、という大きな問いへと話を進めた。

    田島さんがセットした茶碗はどれもそれぞれに微妙な曲線と個性を持っている。写真奥の灰色の陶器の茶椀はさらりとしているが、手前の赤い土器の茶碗は生の土そのものといった質感だ。

    「土のものは“呼吸”するので、水を入れると湿ってくるんです。お茶というのは土から生えて木になるもの。その葉を摘んでお茶を淹れて、また土に還るというイメージでもあります。土ものの呼吸する働きによりお茶が吸収されて、渋みの強いお茶でも丸くなります」

    たしかに、土の器のお茶は味わいがいささか違う。角がなく、ほのかにビスケットの甘さを感じるようだった。

    「土っぽさが強調されるというか、味わいの滋味が深くなる。余韻が長く、味わいの深いお茶というのは大事だと思っています。生命力のある余韻の長いお茶を数人で一緒に飲むと、その場が穏やかになり、晴れやかな気分でゆっくりと歓談しながら楽しめます」

    一方、石のような質感の陶器の茶碗では、お茶の清らかさが強調されるという。

    「バランスがよくニュートラルですよね。飲むと全然違います。お茶は、釉薬がかかった磁器やガラスで飲むと香りは感じ取りやすいんです。前面に出てくる味というか最初のインパクトが強いのでわかりやすい。一方、長い時間飲む場合には土の方が疲れないと思います」

    お茶会をすると、お話をしながら数時間かけてお茶を飲むことも普通だという田島さん。刺激ではなく、身体に染み入ってくるような清らかで、飲み続けて疲れないお茶を表現したいのだという。

    「お茶はゆっくり浸透していくにしたがって感激が広がってきます。なので、時間がすごく大事です。サッと飲むのであればガラス質の方がいい。でも、ゆっくりと自然に還るお茶を飲むことで豊かな時間ができる。『茶の間』というのはそういうことだと思うんです」

    日本人にとって、お茶を飲むことには懐かしさが自然と伴うものだ。田島さんは、その理由を「日本人の営み」があるからだと説明する。古くから山の恵みを生きる糧としていただき、それに対して感謝を示す習慣がある。「いただきます」と「ごちそうさま」という表現は最も身近な例かもしれない。感謝の対象が自然だけではなく先祖でもあることは、多くの日本人が体感としてわかることだ。そういえば昔、お仏壇にお米やお茶をよくお供えしていたことを思い出す。

    「食料や水など、山から出てくるものを消費するのですが、もらってばかりだと悪いと思って、それを感謝とともに還すということをしていた。お茶には『精華(せいが)』という考え方があって、それは魂と表現できます。お茶を介して、神様やご先祖の魂と僕たちの魂が共通だと確認する。一体化するともいえます。つまり『和』を図ることができるということです。お茶は仏教と一緒に日本に入ってきましたから、『清める』ということもある。穢れのある人間というものも、お茶と一体化することで清められると」

    和という言葉が、どうして日本の文化を表現するのかということも、田島さんのいう営みという点にあるのだろう。お供え物やお寺や神社など、古来からの伝統や習慣がお茶を介してつながっているのかもしれない。

    「はい、つながっちゃうんです。お茶にはくっつけたり一体化させる役割がある。今ここでもお茶を飲むと一体化してきちゃうんですよ。都会化するにつれて地域の営みがなくなるので薄れてしまうのですが、もともとはみんな一緒ですという安心感があった。家族と飲めば団欒の和が広がる。さらに村だと共存共栄につながる。日本には昔からそういう営みがありました。だから、日本人がどうしてお茶を飲むかというと、日本人だからなんです」

    当たり前のような結論だが、プリミティブな茶器で田島さんの淹れる余韻の長いお茶を飲みながら聞くと、すっと腑に落ちてくる。

    「僕らが今から次世代に受け継ぐお茶は何なのかを考えると、こういう滋味深くて清らかなお茶を淹れながら、お茶の和を再発見するということが大事だと思います。農家さんとそういったお茶をつくっていきたいと思いますね。中国茶と比べて日本茶は“超生”といえます。茶畑そのままというような。食材にしても日本人は生ということを重要視しますよね。お茶の魂、精華がじわーっとでてくるので、その力強さをイメージしながら淹れる。緑色も生命を象徴しています」

    お茶一杯から生命観にまで広がる。普段は物静かな田島さんはお茶を淹れているときは、とても活きいきと、ハリのある声で語る。そのことがお茶の精華を証明しているようだ。お茶の奥深さを教えていただきながら、それでいてとても当たり前のことを聞いたような。贅沢に淹れられた八女の煎茶に劣らぬ余韻の長さを味わうことができた。

    田島庸喜(たじま のぶよし)
    The Tea Company株式会社取締役。茶師・薬膳師。旧北京中医薬大学日本校を卒業し漢方医の資格を取得後、薬膳の普及活動に携わり、東京広尾にて中国・台湾茶専門店を経営。中国茶文化の研究をライフワークとし、セミナー、商品開発、著名レストランへのお茶のコンサルティング、料理とのペアリングの提唱などを行なっている。また、日本国内のお茶生産農家を巡り、日本茶の可能性について探っている。
    the-teacompany.jp

    Photo: Junko Yoda (Jp Co., Ltd.)
    Text: Yoshiki Tatezaki

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