• 下北沢で貫く茶師の責任
    しもきた茶苑大山
    大山拓朗さん
    <前編>

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    東京の下北沢に、茶師十段の日本茶鑑定士が営むお茶屋さんがあるという。定期的にほうじ茶を焙煎しているというので、訪ねてきた。

    [しもきた茶苑大山]は70年ほど前から下北沢の地で店を構え、人々の営みに寄り添ってきた。2代目である大山拓朗さんは、この日早朝からほうじ茶を焙煎していた。朝から焙煎をするようになったのは、新型コロナ禍の影響から。

    「正直な話、焙煎は集客のための広報活動と思っていたので、人通りの多い時間帯に焙煎することが多かったですよね。だけど今は、焙煎することで人が寄ってきて密になりかねない。避けられることは極力避けてやるしかないですよね」

    近所の子供に『機関車みたい』と言われて機関車に似せたという焙煎機。ガラス蓋をアルミに替え黒く塗り、実際に機関車に使われていたナンバープレートを貼った。音源についてもSL運行の鉄道会社に掛け合ったことも。こうした工夫も未来へのお茶の宣伝活動

    「パン屋さんって開店前にパンを焼いてますよね。同じように、その日に売れる分だけのほうじ茶を毎日焙煎できれば、それはそれで集客につながるかな、とも考えたんです。ただ、焙炉の適正量はある。ある程度まとまっていないと、仕上がりが安定しない。ところで、『ほうじ茶のおいしいタイミング』ってご存知ですか? 『火入れ熱』が落ち着き、中心部まで常温になった頃です。アツアツの『焙煎直後』ではないんです。何を優先するかを考えたときに、必ずしも焙煎したてという鮮度が求められているわけではないと気づいたんです。お茶は日持ちがするもので、毎日買うものではないですからね。でも、味はいつ買っても同じでないと困る。『同じ値段なのになんで味が違うの?』と言われないようにしなくてはならない。それで結局、天気が安定した日の朝を中心に焙煎しています」

    ほうじ茶の焙煎は集中が必要。「お茶の葉っぱがぶつかり合う音を聞いたり、匂いをかいだりして、お茶の葉がいまどういう状況なのか? 『お茶の声』を聞いて火力や回転速度を調整している」

    ほうじ茶のもとになる茶葉はいわゆる農産物。毎年同じ質の茶葉が採れるわけではない。そのなかで、大山さんは一定の味で提供しつづけることを最優先に、原料選定と火入れ加工に心を砕く。

    焙煎とは茶葉の中の水分を昇華させること。だから雨の日に焙煎の焙煎は避けたい。雨が降っていなくても地面が濡れていれば好ましくない。「湿度が高いと、どうしてもお茶は不機嫌になる」

    前日の雨模様から一転、晴天に恵まれたこの日。焙煎機から順調に出てくるほうじ茶は陽の光を浴びて輝いている。気づくと、焙煎の香りが髪の毛や洋服にまとわりついている。まろやかで香ばしくて、まるでアロマを全身に浴びたよう。

    「片道30分の大学に通っていたので、講義の合間に店に帰って焙煎して、また大学に戻るということをしていたんです。電車の中で『あ、お茶の匂いがする』と言う人がいたり、ほうじ茶の匂いをぷんぷんさせてサークルのコンパに出たり。わたしにとっては落ち着く匂いなんですが、『ええ格好しいの若造』としては小っ恥ずかしかったですよね(笑)」と長年この場所でほうじ茶を作り続ける大山さんならではのエピソードも。

    「ほうじ茶って人々の暮らしに深く関わっていると思うんです。食後にほうじ茶を飲んで口の中をさっぱりさせるのと同時に、『あ〜おいしかった』『今日もいい1日だったな』と幸せを感じさせる役割がある。大袈裟な話ですけど、ほうじ茶を飲むことで暮らしに余韻が広がったり、生活の安らぎになったり。もちろん飲むのはコーヒーでも紅茶でも煎茶でもいいのですが、ほうじ茶が、その接続詞になるためには、焙煎の度に味が変わっていたら難しい。飲む人も戸惑いますよね。同じ味を提供するのは、わたしたちの『責任』なんです」

    そのためには「お客様とはいつも緊密な関係を持っていなくてはならない」と言う大山さん。毎日店頭に立ち、常連さんの顔が店先に覗けば、すぐさまそのお客がいつも買う商品を棚から用意しておくほどだ。そして、お客がお茶の味をどう感じるかにも常に気を配っている。

    「ここで接客してお茶を飲んでもらったときに『あれ? いつもと味が違うね』と仰ったら、聞き流さず『どうしてですか?』と問いかけます。お薬が変わってることもあるし、味覚が変わってることもあるんです。恥ずかしいことですが、お茶の品質が変わっていることもあります。お客様に対しても、失礼のないように変化に気づけるようにしないといけない。お茶を飲む時間を楽しめるようにするために、どういうお手伝いができるのかを、いつも考えています」

    とはいえ、時代とともに好まれる味も変化。昔は、むせるような香りのお茶が好まれたが、いまはあっさりまろやかなお茶を好む傾向も見られる。

    「飲む人たちの味覚も変わりましたけれど、お茶の生育方法や品種も変わりました。だから味が変わらないわけがないんです。ただ、『飲みごたえ』だけは変えてはいけない。それはわたしにとっての価値観ですよね。煎茶でもほうじ茶でも同じです。白湯ではなく、お茶を飲む意義というのは飲みごたえがあるからだと考えています。我々茶業者にとって多くの場合、お茶は個体あるいは植物として評価する。一方、お客様にとっての対象は『お茶という液体』であることがほとんど。ここをきちんと理解していないと、生産者・加工者・販売者の『独りよがり』になってしまいかねません」

    いまは街からお茶屋さんが減っていて、若い世代はお茶から離れているといわれることが多い。だからこそ、お茶に興味のない人にどうやって興味をもってもらうか、お茶に興味がない人たちにどう魅力を伝えていくのかーー。[しもきた茶苑大山]では日々、試行錯誤しながら模索を続けている。大山さんのお兄さん・泰成さんが、お茶のテイクアウトカフェを運営しているのもそのひとつ。

    こんなエピソードがある。ある時、遠方の女性から大山さんのところに手紙が届いた。その手紙には「孫が東京に遊びに行く際にささやかなお小遣いをやったら、お土産にお宅のほうじ茶を買ってきました。とてもおいしかったので送ってもらえますか」と、書いてあったそう。

    「うちのほうじ茶をテイクアウトした若い人が『お茶って渋くて苦いものだと思っていたけど、このほうじ茶はおいしい」って喜んでくれたみたいなんですよね。それで、おばあちゃんに買って帰ったらしいのですが……。きっかけとしてテイクアウトのほうじ茶があって、そこから繋がって、わらしべ長者じゃないですけど、ころころ転がって新たなお客さんが生まれて。もちろん、相手の行動あってのことですが、こちらが行動しなくては始まらなかった。テイクアウトにしろ、焙煎にしろ、未来に繋がればという気持ちで続けています」

    店先の焙煎機は通常[しもきた茶苑大山]の店名看板に囲われた状態で置いてある。新設されたテイクアウトの注文口がすぐ隣に。時代の変化に対応しながらも、下北沢のお茶屋を守り続ける

    特別に焙煎したてのほうじ茶を大山さん直々に淹れていただくことに。

    「急須にほうじ茶を入れたときに、カシャっと乾いた高音がすると『私はおいしいでしょ!』というほうじ茶の主張に聞こえます」

    その言葉の通り、丹念に煎りあげられたほうじ茶はエアリーで、急須に収まった時の音がきれいだ。

    ゆっくりと傾けて淹れられたほうじ茶は、透き通っていながらしっかりとした赤茶色。香ばしさの奥にたっぷりと甘みが感じられる。店先の焙煎で少し冷えた身体に嬉しい熱さ!

    暖まったところで続いては、煎れるのが難しい、面倒臭いと敬遠されがちな煎茶を、楽しい気持ちで手間を感じずにおいしく淹れる方法を教えていただきます。茶師十段、大山さんのお茶観は後編に続きます。

    大山拓朗|Takuro Oyama
    茶審査技術十段。日本茶鑑定士。父・景源さんが70年前から続けてきた茶小売業を引き継ぎ、同じく茶師十段の兄・泰成さんとともに[しもきた茶苑大山]を営む。兄弟の名前を冠した〈拓朗〉、〈泰成〉は看板商品。
    shimokita-chaen.com

    Photo: Eisuke Asaoka
    Text: Akane Yoshikawa
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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