• 日常にほしい美しさ
    イイホシユミコさんの
    ものづくりの秘密<後編>

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    前編に引き続き、「yumiko iihoshi porcelain」のイイホシユミコさんとお茶を飲みながら、イイホシさんの作り出すプロダクトに込められたこだわりを紐解いていく。

    遊び心溢れる食器の使い方をしていた母の影響で、幼い頃から大の食器好きだったというイイホシさん。食器を専門にものづくりするために通った美術学校では、ろくろを回したり陶芸の基礎を学んだ他、急須づくりのルールも学んだのだそう。押さえるべきルールを踏まえながら、イイホシさんらしい、テーブルに出しておきたいと思わせる佇まいができたプロセスを尋ねた。

    暮らしをデザインする責任感

    イイホシ 急須というアイテムを私の量産というスタイルで作ることで、少しずつですけどそれだけの数の人が使ってくれるわけで、その責任のようなものを感じていました。形だけでよさそうな雰囲気のものを作ったりするだけでは……それが使う人の生活に入っていくと考えるとよくないなと思っていたので、急須の約束事はきちんと守れているという前提の上で作ろうとしました。

    — 生産をしているのは萬古焼ばんこやきで有名な南景製陶園ですね。土瓶や急須も人気ですよね。

    イイホシ 南景さんのところは萬古焼でずっと急須を作っていたので、素材選びから、作りから、きちんとこれまでの伝統も踏まえて作れるところと出会えたので、そこはしっかりクリアしているなと。

    — 開発期間はどれくらいかかるものなのでしょう。

    イイホシ 期間はすごく短くて、おそらく3ヶ月ぐらいだったと思います。私がこのまんまの形のものをモデルとして作っていたので、それで早かった。量産を考えてやりにくいところはできるだけなくそうと思っていたので。ただ、口の厚みだったり、取手の接点とかは形を重視させてもらいました。急須の取手って、(胴体と取手の)つなぎ目が広い方が作りやすいですし、安定もするし衝撃にも強いんですけど、そこはすぼまって細いまま付けてほしいとお願いをして。

    — たしかに、つなぎ目が膨らんだりせずに真っ直ぐですね。他に技術的に難しかった部分、こだわった部分はありますか。

    イイホシ 胴がまっすぐ切立きったちになっているのですが、土の性質でどうしても開いてきてしまうんです。普通、内側に入る(底が広い「八」の字)か、開く(逆に上が広い)かのどちらかで、まっすぐ立てるっていうのは作りにくいんです。焼く時にどうしても広がったり縮んだりするのですが、蓋がこの引っ掛かりにはまることによって安定させているんです。蓋が重いのにはそういう理由があるんです。重すぎたらまたダレるんですけど、バランスがすごくちょうどいいところで。

    — 焼くときは蓋をのせて焼くんですね! バラバラかと思いました。

    イイホシ 蓋をのせて焼かないと、この形には焼けないんですよ。これは一個ずつ焼き上がった後にも、ちょっとあそびを作るように微調整する研磨の作業も入っていて、一個ずつの蓋なんです。業務用で使っていただいてるところでは、本体と蓋が別れないように番号を振っているって聞きました。

    — 量産といえども一つひとつ職人さんの手が入っているんですね。シンプルに見えて奥が深い……。

    イイホシ そうですね。注ぎ口の高さも、あと引きしないように(注ぎ口をつたってお茶が滴らないように)と言って、注ぎ口の先の方が、本体にお湯が一番上まで入ったときのラインよりも下になるっていう。取手と注ぎ口の角度は90度よりちょっと内側のところが、ちょうど淹れやすい角度らしいです。

    — そういう急須の形の知見が蓄積されているってすごいですね。

    イイホシ そうですね! それだけみんな、急須をこれまで使ってきたんでしょうね、日本人が。

    ちょっと間の抜けている感じがいい

    — イイホシさんのプロダクトは一見シンプルで、それがスタイリッシュでかっこいいという印象につながっていると思うのですが、今のようなお話を聞くとやはり作品としてより深く感じられます。

    イイホシ このグラス、この前作ったんですけど、すごく薄手なので、かっこよく作ろうと思ったらすごくかっこよくなるんですけど、「テーブルに置いて愛着が湧く」っていうのがいいなと思って、ちょっと間が抜けている感じをいつも意識しているんです。

    — ちょっと短足なところとか……。

    イイホシ はい、このアールとか。でも、「かわいい」はNGワードなんです(笑)。

    — わぁ! つい言っちゃいますよね。みんな一言目には「かわいい」とか。

    イイホシ 「かわいい」と「ほっこり」っていうのが実は嫌なんですよ(笑)。なので「かわいい形」は作らないようにしているんです。

    — かわいい形でもないし、かっこ良すぎもしないし。

    イイホシ そこそこ。言葉で言っていただくのは、もちろん嬉しいんですけど。

    — そのバランス感覚がイイホシさんの作品の特徴でもあり、ご自身の特徴でもあるのかなと。イイホシさんは肩書きは何と名乗ることが多いですか。

    イイホシ 肩書きがですね、いつも困っているんですけど……一応、器作家とデザイナー。どっちでもいいんですけど。作家というと作家でもないし、デザイナーってなるとデザイナーでもないしなってなっちゃって。

    — でも、共通しているのは生活に密着しているというか、暮らしをデザインしているということだと思うのですが、暮らしをデザインするってどういうことだと思いますか。

    イイホシ 人生って、その人の日々で出来上がっているんですよね。だから、その日々の中で使われている食器ってすごく重要だなって思っているんです。本当に、日々使う食器でその人の生活自体が変わるから、そこはすごく責任があると思ってやっています。

    —プロダクトシリーズを始めて10年が過ぎたということですが、まだまだ作りたいものはたくさんあるという感じですか。

    イイホシ そうですね、いっぱい作りたいものがあるんですけど、自分の人生でそんなにできるわけじゃないなって思っていて、量産で作るっていうのってものすごい時間がかかるんですよ。だから、できてもそんなにできないなって思っていて、まだまだ作りたいものってたくさんあるんですけど、どこまでできるかなっていう感じですね。

    — 確かに、自分で手作りしちゃえばすぐできちゃいますけど、量産できる形っていうところまで整えなきゃいけない。それは難しそうですね。

    イイホシ そうですね。釉薬だったり、形状だったり、どこの工場と出会えるかっていうのもあるので、本当にそんなにできるものではないですね。一人でやっていて、動ける範囲は限られますので。さっきの肩書きの話じゃないですけど、プロダクトデザイナーではなくあくまでも食器のデザインをやっているということにこだわって、そこは違っていたいなって思ってるんですよね。使い勝手だったり、盛り付けたときの見栄えだったり、食材が入るとか、そういうことに重点を置いていきたいって思っているので、(機能やスペックなど)プロダクトとしての魅力っていうよりは食器としての魅力を最大限に出してやりたいです。でもそこに重点を置くと、スタッキングができなかったり、量産には向いてなかったりってことにはなるので、そこをはっきりさせてはいます。プロダクトの良さより、食器の良さ。そこが違うところだと思います。

    — だから量産といっても必ずしも効率重視ではないということですね。

    イイホシ そうなんです。焼くときの窯の中の棚板のサイズで割り出されたお皿の大きさじゃなくて、ちょっとでも中のものが見栄えするリムの大きさになっていたり。作る工場さんからすると、大変なのですが……。でも本当、食器ってへたすると一生家にあったりしますよね。だから、それは重要だと思っています。

    インタビューを終えるとイイホシさんが改めて煎茶を淹れてくださった。マグは単体で見るとそのあたたかみのある丸みと色味に思わず「かわいい」と言ってしまいそうになるが、煎茶をたたえ、アルミプレートに載せると不思議な落ち着きと高揚感をもたらす。素敵なお茶時間を味わうことができた。

    イイホシユミコ|Yumiko Iihoshi
    兵庫県出身。器作家/デザイナー。雑貨の輸出入を手がける会社を経て、京都嵯峨芸術大学陶芸科卒業後、自身のブランド「yumiko iihoshi porcelain」を立ち上げる。2010年から目黒区にアトリエ・事務所を構え制作活動を行っている。2020年11月、東京・代官山にカフェ併設のショップをオープンした。
    y-iihoshi-p.com
    instagram.com/yumikoiihoshiporcelain

    Photo: Taro Oota
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki


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