• 駒場[Lim.]で聞く
    お茶する空間の作り方<前編>

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    東京大学のキャンパス・研究施設の他、公園や閑静な住宅街が並ぶ東京・駒場。渋谷、代々木、下北沢に囲まれ人の往来も多い一方で、駒場には都会の喧騒を離れたような穏やかさがある。

    オープンから5ヶ月が経とうとする[うつわとカフェ Lim.]は、そんな穏やかな駒場の風景にすっかり馴染んでいる。緑豊かな駒野場公園を出て踏切を渡った先、大きなガラス貼りになっている入口からはのびやかなテーブルが顔をのぞかせる。Lim.は日本茶とコーヒーが並んで提供されるカフェであり、作家の器を展示・販売するギャラリーでもある。

    セミが鳴く音と陽の光を浴びながらお店にたどり着き、少し背の低い戸をくぐる。店内は静かで涼しい。一息つける空間に入った安心感がある。定休日のこの日、店長の井手野下友理さんと店舗設計を担当した「tomito architecture」の冨永美保さんと林恭正さんに、Lim.の誕生ストーリーから“お茶の空間づくり”についてお話を聞いた。

    最小限が心地よい、おおらかなカフェ空間

    [Lim.]の店内に入ると、電車や車の往来の音、相変わらず元気の良いセミの声も遠くに聞こえる。長方形の空間の中央にあるグレーののびやかなテーブルが客席とキッチンスペースを分けているが、目線を遮るものはなく、両側から差し込む自然光がしっとりと天板を伝い一体感を生んでいる。

    左から、tomito architecture代表の冨永美保さんと同社チーフアーキテクトの林恭正さん。Lim.の店長・井手野下友理さん(右)が、冨永さんにアイスの煎茶を、林さんにはアイスの抹茶をそれぞれつくってくれた

    エスプレッソマシンと茶釜が同居するこの空間。おしゃれな印象から女性のお客さんが多そうだが、どんな人がお茶をしに来るのだろう?

    井手野下 女性が多いですが、最近は仕事前の男性のお客様もいらっしゃいます。あと、やっぱり住宅街なのでご家族で。お母さんだけはなくてお父さんもいらっしゃいますよ。

    冨永 いろんな方が興味を持って訪れてくださるのはうれしいですね。

    井手野下 コーヒーと日本茶両方のメニューがありますが、けっこう満遍なく出ています。暑くなってきて特にお茶が浸透してきた感じがあります。煎茶もほうじ茶も。ほうじ茶ラテをお目当てに来てくださる方が多いかもしれないです。

    コロナの影響で、オープンからテイクアウトのみでの営業が続き、イートインを始められたのは7月になってから。テイクアウト期間=ステイホーム期間は、近所の人に知ってもらえる機会になったとのことで良い助走期間と捉えているのだそう。「うつわとカフェ」という言葉が店名に入っているが、そもそもLim.のコンセプトは何だったのだろう?

    井手野下 コンセプトとしては、器とカフェを同時に楽しむことができる場所です。飲み物をいれるグラスやお皿も、販売しているものなんです。作家さんの名前や先入観で選んでもらうのではなくて、手に取ってもらって、使い心地を試してもらって、気に入ってもらったら購入できるというようなコンセプトです。そういう意味では、器もお茶もどちらも大切なものとして考えています。

    入り口近くに“群れ”のように並べられた様々な器

    冨永 一番最初にお店のお話を聞いた時から、「器とお茶が豊かに重なり合うような状況を作るにはどうしたら良いだろうか」とみんなで考えてきました。変な話ですが、カフェを設計するぞという気持ちというよりも、いろんなものが自由に集まり居合わせる庭を設計するような気持ちで取り組みました。器もお茶も、お茶を点てる人も飲んでいる人も、外を歩く人も、そこにある音や季節感、その時その状況のすべての重なりを一期一会の出会いとして楽しめるような庭をつくりたいと思って。それでこの大きなテーブルを設計するに至りました。あと、お茶を点てたり、コーヒーを淹れる手元の所作がすごく美しいことに感動してしまって。外の環境や光、手元などのいろいろな「動いているもの」が、より研ぎ澄まされて浮かび上がってくるような空間にできないかな、という話になりました。

    しかし、当初の設計案ではこの大きなテーブルは想定されていなかったのだそう。

    井手野下 最初は全然違いましたよね。

    冨永 そうなんです。全然違う案を何個もつくりました(笑)。いくつもの案をつくりながら、この土地の本質的な魅力ってなんだろう? その魅力とつながるような空間ってなんだろう?と、ずっと考えていました。なかなか答えが出なかったのですが、ある晴れた日の夕方、工事前の現場にいた時に、ちょうど正面の踏切を渡って来る車のヘッドライトがふわ〜っと光を揺らしながら現場の中にまで灯りを届けていました。何度も何度も。その風景がドラマチックで、とっても印象的でした。ここは2面採光だから、時間によって光のかたちが大きく変わるんですよね。それで風景が移ろいゆく中で、環境に身を委ねながら、お茶と器との時間をゆっくりと過ごすような空間ができるんじゃないか、と考えました。結局、工事直前に設計を変更させてもらいみんなにも「これにしよう」って言っていただけて、この案になりました。

     最初の図面の寸法で床に黒いテープを貼ってみて現場検証をしたんです。その時にお茶や陶器と出合う体験としては少し狭いなと感じました。お茶を飲んでもらうってことは、もっとおおらかな環境に身を委ねる方が良いのではとみんなで議論を重ねました。そこで、そこからの設計では、いわゆるカフェづくりの定石となるような規格寸法ではなく、現場で直接原寸サイズの外形をテープで再現して検討しました。

    冨永 Lim.の名前の由来が、「Less is more」なんですよね。ミース・ファン・デル・ローエという建築家が残した言葉です。「少ないことはより美しい」という意味で、いろんなことを足し算的につくりこんでいくのではなく、ある意味放任的で、環境に委ねる部分がある。環境の複雑さが素直に空間や出来事に転写されて、多様な状況が生まれることが大切だと思いました。今は笑い話なのですが、工事が完了してからたくさんの植物を並べてみたことがありました。ジャングルのようになったのですが、それをみんなで眺めてみて、「もっと最小限でいいね」となりました。それから椅子もシンプルなものにしたり、どんどん引き算をしていって、お店としてかろうじて成立するラインを探っていきましたね。

    井手野下 お客さんたちは入口をくぐると、まずこのあたり(器)を見るんです。器と丁寧に対面する経験をつくるために、あえてシンプルにつくっていただいて良かったと思います。

    冨永 お茶と器と環境が即興的に織りなす集合が、時間としての一期一会となる事を考えました。

    オープンしてからも何度も通っているという冨永さんと林さんだが、こうして改めて井手野下さんと話すのは初めてだったそう。駒場という土地にあってどんな人がどんな風にこの空間でお茶をするのか、井手野下さんの実感を興味深そうに聞いていた。

    井手野下 お店の場所を駒場にした理由は、たまたまなんです。今は本当に駒場で良かったなって思います。渋谷とかだったら全然違かったなって。

     お店をオープンしてからも、このまちの魅力については徐々に確信に変わっていきましたよね。

    冨永 この場所に決定する前に、オーナーさんから物件の候補はいくつか挙げていただいていたのですが、ここを見学しに来たときには即決でした。まちの雰囲気、窓ののびやかさ、踏切や大きな公園との関係、両側に抜けていく風通しのいい感じが気に入って、すぐさまこの物件に決めましょう!と。

    井手野下 今はちょうど夏なのでセミがたくさんいますし、すぐ隣には桜並木があるので、四季が楽しめますよね。お客様はこうやって外を眺めながらぼーっとするんですよ。

    冷たいお茶に落ち着く空間。思わずぼーっとしてしまいそうだが、3人にはもう少しお話を聞いていこう。何やらお茶にまつわる隠れたこだわりもあるとのこと。後編につづきます。

    うつわとカフェ Lim.
    2020年3月31日、駒場東大前駅からに徒歩3分ほどの場所にオープンした日本茶とコーヒーのカフェ。Lim.がセレクトする作家の器でドリンクやスイーツがいただける。作品は購入することもできる。
    instagram.com/lim.komaba

    tomito architecture
    2014年に設立した神奈川県横浜市の建築設計事務所。大切にしているのは、日常を観察して、様々な関係性の網目のなかで建築を考えること。小さな住宅から公共建築、パブリックスペースまで、土地の物語に編み込まれるような、多様な居場所づくりを行なっている。
    tomito.jp

    Photo: Yu Inohara
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki

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