
NODOKA 洪秀日さん
「食べる」パウダーティーとお茶の飲み方の多様性
<後編>
2020.08.25 INTERVIEW日本茶、再発見
- 抹茶
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今、「MATCHA」に牽引され日本茶が海外で大きなブームとなっている。2023年には日本茶の輸出額は過去最高を記録したが、国内に目を向ければお茶をとりまく状況は決して明るいとは言えない。高齢化する生産者と後継者の問題、低迷する市場、若者の茶離れ──。
こうした課題に対し、茶業界の構造そのものから向き合おうとしているのが株式会社TeaRoomだ。自社の茶畑でのお茶の製造・加工・販売をはじめ、茶の湯関連の事業プロデュース、観光や教育事業など、お茶を軸に様々な事業展開を行っており、他業界の大手企業も多数クライアントに抱えている。2025年は大阪・関西万博でも多数のプロジェクトに関わっており、まだ創業から8年目の若い会社だが、TeaRoomの存在は業界内外で大きな注目を集めている。
このTeaRoomを率いるのは、1997年生まれの岩本涼さん。2018年にTeaRoomを創業した時、岩本さんはまだ早稲田大学に在学中の21歳だった。幼い頃から茶道を習っており、現在は裏千家の准教授の許状を受け、岩本宗涼という茶名も拝命している。また、世界を変える30歳未満30人の日本人を表彰する「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」や、世界経済フォーラム(ダボス会議)の若手で構成されるグローバルシェイパーズのメンバーに選ばれるなど、海外からも注目されている若きリーダーだ。
そんな岩本さんがお茶と出会ったのは幼少期。テレビで見た茶人の姿が強く印象に残り、茶道を習い始めた。それまでは、習い事の空手に熱中していた少年だったという。
「幼い頃不登校気味だった自分は、近所のおじさんに誘われて始めた空手に没頭していました。型を覚えるのが大好きだったんです。スーパーに買い物に行くと、棚の角を空手の型でよく回っていた子ども時代でした(笑)。そのうちに別の流派の型を覚えては自分の道場に持ち帰って教えるという担当にまで成長しました。これは一種の自分の能力だと思いますが、身体の使い方さえ覚えれば、どんな型にも柔軟に対応できるんです。そうして黒帯になったタイミングで茶道に出会いました」
空手で掴んだ型を覚える感覚は、そのまま茶道を学ぶ上でも生かされた。お茶という子どもの世界と離れた場所にいたことで救われる部分があったと岩本さんは語る。
「小学校だと足が早かったりサッカーが上手かったりすると人気者になれますよね。周りから評価される基準というのはその集団ごとにありますが、お茶の世界では、目の前の人に一生懸命、丁寧にお茶を点てることがそれです。自分はその行為が得意でしたので、学校以外にそうした自分を評価してくれる世界を持てたのは今振り返るととても良かったと思います」
みるみると茶道の型を覚えていったという岩本さんだが、学んだことはそれだけではない。
「空手の先生も茶道の先生も、先生の仕事とは別に自分の仕事がある方達でした。二人が共通して語っていたのは、日本に根付く『道』の思想。つまり、価値とは社会との接続によって見出されるものであり、その領域だけで閉じていてはダメだということです」
そして茶道を学んでいく中で、もう一つの大きな気づきがあったという。
「茶道において最も大事なのは、流派や作法だけではなく、その思想だということです。茶道を習い始めてから、この所作にはどのような意味があるのか?という問いが自分の中に出てきました。最初の頃は先生に質問していたのですが、そのうちに他の流派のお茶会にも出るようになりました。裏千家では、お茶碗の正面を外すために2回時計回りに回すのですが、反時計回りにまわす流派や、回さない流派もあります。そうした世界を知ることで、アウトプットは異なるけど、体現しようとするお茶の思想、つまり目の前の相手と向き合い、自分と向き合い、一杯のお茶の価値を最大化するという目指すものは同じなんだと気づいていきました」
岩本さんが茶道を学ぶ中で獲得していった「お茶と社会のタッチポイントを意識すること」、「茶の思想に潜む有用な価値について考えること」。これらは岩本さんが起業をする上で重要な指針となり、現在のTeaRoomの事業の在り方にも大きく影響を与えている。
学生の頃の岩本さんに、茶道以外に大きな影響を与えたもうひとつの経験が海外への留学だった。早稲田大学の付属校に進学した岩本さんは、その自由な校風や、紀行文学の傑作『深夜特急』や漫画『島耕作』といった作品にも刺激を受け、自然と海外へ視線が向かうようになり、高校生の頃から度々海外へ留学をするようになった。
「海外へ行く時には茶箱を持参して現地でお茶会をよく開いていました。海外で着物を着てそういう活動をすると、日本の文化に精通する者として見られるのでいろいろな質問をされます。決まって聞かれるのは、茶の湯、もしくは抹茶ラテについて。禅の思想とは何か、千利休とはどういう人物なのか、という観点から聞かれることもあれば、抹茶はどういう風につくられているのか、生産するにあたってどれくらい二酸化炭素を排出するのか、生産背景についても尋ねられます。つまり海外では“産業と文化が一体化している”のが普通なんです。でも、日本の生産者であれば茶の湯について馴染みのない方も多いでしょうし、逆に茶道の先生方もお茶の製造について専門的な知識を持っている人はそこまで多くないのが現状です。日本における文化と産業の隔たりを海外ではよく痛感しました」
日本茶の価値を世界へ、そして国内にも正しく伝え、継承していくためには、どちらのこともおざなりにしてはならない。そしてその隔たりを解消しなければ、このままでは日本茶産業がどんどん廃れていってしまうのではないかという危機感から、岩本さんは2018年にTeaRoomを創業する。
創業時はお茶のプロダクト関連事業を主軸に展開していたTeaRoom。静岡の本山地区にあった、もう使われていない茶工場と茶農園を承継した。当初は地元の方々へ、時間をかけて自分たちの事業を説明し、二年後には農業法人「THE CRAFT FARM」も設立。こうしてプロダクト事業に力を入れる体制は整えたが、その過程で岩本さんの中にはいくつかの課題意識が芽生えていった。
「どんなに高品質のお茶でも価格には限度があり、お茶単体での差別化の幅も限られています。そうしたなかで新しい商品形態を生むのは容易ではありませんし、たとえ革新的なプロダクトを生み出せたとしても、それを広めるには大きなマーケティングコストがかかる。つまり、お茶を作って売るだけではどうしても我々の目指す事業として限界があることに気づいたんです」
さらに、もうひとつの本質的な問題にも直面する。
「お茶の業界には外部からの資本の流入が圧倒的に足りていません。AIなどのテクノロジー分野は、あらゆる産業から資金が流れ込む。だからこそ、そこに価値を見出して、新たな需要を創造する人間が大量に出てきて、産業全体も活性化していく。お茶にも同じように価値を見出して、投資してくれる人間を生み出さなければと思いました」
こうした危機感からTeaRoomでは他業種との共創を積極的に推進。現在ではクライアントの数は数百社に及ぶという。なかでも象徴的なのが、高級ホテルとの協業だ。
「我々は外資系の高級ホテルのクライアントさまと協働していますが、彼らが求めているのは単にお茶だけではありません。彼らの願いは、チェックインからチェックアウトまで、滞在を通じて“日本に来たという実感”をお客さまに持ってもらうことなのです。そのために、我々はホテルに茶畑を保有し、運営いただいたり、茶室の設置や茶会イベントのプロデュース、お茶菓子や工芸品、お花の選定まで、これらトータルでの日本体験のオペレーションを提案するようにしています」
そういったニーズをしっかり把握し、それらとお茶文化をしっかりと繋げることができれば、また新たなお茶や日本文化に関するプロジェクトを依頼されることにつながっていく。そのようにお茶の価値を正しく外に伝え、なおかつお茶とそれに付随する日本文化や産業にも利益を生むエコシステムを構築しようとTeaRoomは取り組んでいる。
そして経営体制を模索していく過程で、TeaRoomとして進むべき道と取りうる方策も明確になっていった。
「他業界とのプロジェクトで得た利益はお茶業界に投資しようと決めたんです。これは街づくりと同じ発想です。街に外資のコーヒーチェーンやレストランができて、海外からの観光客がそこで消費したとしても、その土地に還元される構造としては弱い。そうではなく、日本資本の元に消費が集まることで地元の活性が進み、税収が増え、教育や医療に投資することで人口も増えていく。お茶も同じで、業界外からの資金が入る構造を作り、業界内にちゃんと投資し続けられるエコシステムを作ることが大切だと気づいたんです」
経済規模よりも経済効果。この言葉はTeaRoomの事業への向き合い方のひとつとして掲げられている言葉だという。自分達の利益を上げることよりも、茶業界全体への波及効果の最大化を第一に考えるTeaRoomの在り方は、急成長を目指すスタートアップの世界の中では特異なスタンスと言えるだろう。実際、これまでにも会社の存続を検討する時は何度もあったと岩本さんは語る。しかし、エコシステムを構築することで、TeaRoomもそれに欠かせない存在となり、どこからか救いの手が差し伸べられる。そうした利他の関係性を実感することもあった。
「我々は自分達だけがお金儲けするためにやっているわけでは全くありません。このお茶業界に子どもの頃からお世話になって、お茶の世界に救われ、そしてその価値を多くの人に伝えたいと思って創業しています。この産業自体を持続可能なものにさせることが何よりも重要なんです」
文化と産業という両者の隔たりを繋ぐように活動してきたTeaRoomは、日本茶が世界の注目を集めている今まさに必要な存在だ。しかし、依然として文化と産業の間には、まだ歩みの余地があると岩本さんは語る。
現在の岩本さんが日本茶業界に対して抱える問題意識、そして未来に向けた提言を後編では伺っていこう。
岩本涼 | Ryo Iwamoto
1997年千葉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2018年、「対立のない優しい世界を目指して」を理念に、文化と産業を架橋すべく株式会社TeaRoomを創業。幼少期から茶道裏千家に入門し、茶道家としても活動し、茶の湯や日本文化の価値や思想に根ざした取り組みも行なっている。また、静岡県本山地域の茶畑と製茶工場を承継し、2020年に農地所有適格法人「THE CRAFT FARM」を設立、一次産業に参入。2023年には文化に潜む日本の可能性を、世に問い、社会実装を目指すため「一般社団法人文化資本研究所」を設立し、代表理事に就任。株式会社中川政七商店にて社外取締役も務める。
tearoom.co.jp (TeaRoom 公式サイト)
global.tearoom.co.jp (TeaRoom グローバルサイト)
instagram.com/tearoom_japan (TeaRoom Instagram)
Photo by Kumi Nishitani
Interview & Text by Rihei Hiraki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール