• [逗子茶寮 凛堂-rindo-]山本睦希さん<後編>「いちサービスマンとして」逗子で日本茶を広めたい

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    [逗子茶寮 凛堂-rindo-]山本睦希さん<前編>逗子で新たなお茶の時間を紡ぎ出す

    神奈川県三浦半島の付け根あたりに位置する逗子は、海はもちろんのこと山にも囲まれ、自然の近さが心地よい。都心から車で1時間半ほどの距離だが、からっと涼しい風に吹かれると、別の土地に来た心地がしてくる。 今回訪れたのは神奈川…

    2023.03.10 INTERVIEW日本茶、再発見

    お茶の淹れ手が淹茶技術を競い合うコンテスト「淹茶選手権 2023」で最優秀賞に選ばれた[逗子茶寮 凛堂-rindo-](以下、[逗子茶寮])の山本睦希さん。日本茶だけではなく、バーなどでのサービス経験があることはその所作から容易に想像できる。今のスタイルができあがるまでにどのような道を辿ってきたのか、後編では山本さんのルーツを詳しく聞いた。

    京都の酒どころ、茶どころをルーツとして

    「出身は京都市伏見区。酒粕の香りが毎日街中にしているような酒どころで、「月桂冠」や「宝酒造」のすぐそばが登校ルートでした。父も京都で、宇治の出身。今こうしてお店をやっているのも酒どころの母と茶どころの父の間に生まれた自分の運命なのかもしれません」

    もちろん、お茶は身近な存在だったという。「お茶と言えば玉露。家に急須はありますし、いつも母が好きなように合組(ブレンド)したお茶を飲んでいました」

    「祖母はよくお菓子をつくってくれていました。例えば八つ橋とかもよくつくっていましたね。お店で自分が出すお菓子はまだまだですが、祖母お手製のお菓子を思い出しながらつくっています」

    そんな山本さんが京都を離れ東京に来たのは20歳のとき。ある雑誌を読んで一目惚れしたというソムリエの下で下積みを始めるためだった。銀座にある会員制フレンチでワインソムリエ、サービスマンとして働いた。

    「フレンチに和の要素を組み込むメニューが多かったです。十何種類ものコース料理は全てお客様の目の前で仕上げを行なっていました。テーブルまでワゴンをひいて、オレンジの皮をむいてデザートをフランベしたり。シーザーサラダにしても、アンチョビをフォークでつぶすところから。そこで魅せ方というのは鍛えてもらったと思います。でも自分は全然、まだまだですけどね」と6年半の修業時代を振り返ってくれた。

    その後、山本さんは逗子へと移住。ホテルのレストランでサービスを務める他、新店舗の立ち上げではドリンク・サービス部門を取り仕切っていた。日本茶と深く関わり始めたのもその頃。銀座[現代里山料理 ZEN HOUSE]立ち上げで、ドリンクの責任者として茶葉を扱うことになったのだ。社内にいた先生を頼り、茶道、のちに煎茶道の稽古も始めた。アルコールと違い、“誰でも飲めるお茶”の可能性を感じ、またその歴史や世界観にも惹き込まれていった。

    逗子にはめずらしい、お茶屋を開いた理由

    その後2021年5月に[逗子茶寮]をオープンした山本さんだが、逗子を選んだ理由はなんだったのだろうか。

    「都内に住んでいたときから逗子には遊びに来ていました。ゆったりした時間の流れ方が自分と合っていると感じていて、ここで自分がやりたいことができたらと思っていました。湘南エリアにはコーヒー文化が根付いていますが、お茶というのはあまりない。京都で生まれ育った自分がそんな土地に住んでいるのだから、あえてお茶を訴求してみたいなと」

    お茶のコース最後の一服はお薄。この日は福岡・八女の抹茶

    茶道、煎茶道といった伝統的な日本茶の作法も身につけつつ、お店はあくまでオープンで気軽な場所でありたい。「ビーチサンダル歓迎」という意外なハウスルールがそのことを端的に示してくれているが、より広く日本茶の魅力を伝えたいという山本さんの意識がその裏にはあるようだ。

    「夏なんてサンダルで来ていただいてむしろウェルカムです。ビーチサンダルは逗子の正装ですからね。自分自身も5月ごろからは裸足に雪駄を履くようにしているんです。外国の方も来やすい逗子という場所だからこそ、“日本のサービスマン”としてお茶やお酒を発信していきたい。今はSNSなどを通じて、伝統的なお抹茶の飲み方に詳しい外国の方も多く、日本人よりも詳しいくらいの方もいます。ここでは、さらに新しいお茶の楽しみ方も知ってほしいですね」

    「この人のお茶が飲みたい」現代茶室をめざして

    近日中に新たにメニューに加わるお茶があるという。それは、先日の「淹茶選手権 2023」で披露した煎茶なのだが、こちらもあらためて淹れていただいた。ゆっくりと冷ましたお湯で1煎目を淹れるが、それは横に置いておく。茶杯に注ぐのは2煎目だ。

    1煎目は小ぶりなスプレーボトルに入れて、横に添えられた。2煎目を飲みながら、手元でスプレーを吹きかけながら飲み進めるのだ。「テアニンアブソリュート」と名付けられた1煎目は、いうなればお茶の旨味成分テアニンの「濃縮液」だ。

    「アイデアはカクテルの手法からです。紫蘇のエキスや昆布だしのエキスをスプレーしてジントニックなどに香り付けすることがあるんです。お茶は1煎、2煎と重ねるごとに抽出される成分のボリュームは下がっていき、また茶杯から香りも飛んでいくものですが、テアニンアブソリュートがあればそれをブーストすることができる。選手権では『自然』というテーマでもう一つのお茶(フリースタイル)を淹れたのですが、実はこちら(課題茶)でも自分の中だけでの裏テーマとして『自然』に抗うというイメージがあったんです」

    「選手権のテーマでもありましたけど、『この人の淹れたお茶を飲んでみたい』と思わせたい。となると所作や見せ方、新しい淹れ方を追求することは大事になると思っています。千利休や、煎茶道を広めた売茶翁という人物は、当時としてはかなりクリエイティブなことをしていたからこそ、今も名前が残っているのだと思います。今の時代に生きていたら、インスタグラムも駆使していたかもしれないですし、今の視点で新しいことに挑んでいたと思うんです。そう考えると、現代の感覚をお茶に取り入れることは理にかなっていると思います」

    そうした考えが山本さんのめざす「現代茶室」という言葉には込められている。

    「私は自分のことを“茶人”ではなく、“いちサービスマン”だと思っています。ソムリエ、バーテンダー、利酒師といった専門の一つとして淹茶師という側面もあるという感じ。日本のいちサービスマンとして、現代茶室というものを構築していければ」

    時代とともに常に再構築されるのが現代茶室であるならば、[逗子茶寮]もまた未だ完成せず。その変化も楽しみのひとつとなる。店の外は爽やかな春風が吹いている。「凛としたお店にしたい」という想いを込めて付けられた「凛堂-rindo-」の名が、のれんとともにはためいていた。

    山本睦希|Mutsuki Yamamoto
    1988年生まれ、京都出身。20代より銀座のフレンチレストランにてソムリエの下積みを経たのち、葉山のミシュラン四つ星ホテルに専属ソムリエとして従事。茶道、煎茶道を学ぶ。日本茶、酒の魅力を伝えるべく2021年5月3日、[逗茶寮 凛堂-rindo-]を開業。

    [逗茶寮 凛堂-rindo-]
    神奈川県逗子市逗子5-1-12カサハラビル逗子B-2F
    茶寮 12:00~16:30(LO.16:00)
    BAR 17:30~24:00(LO.23:30)
    不定休(詳しい営業予定は公式Instagramをご確認ください)
    rindo-zushi.com/index.html
    instagram.com/rindozushi

    Photo by Taro Oota
    Text by Hinano Ashitani
    Edit by Yoshki Tatezaki

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