• かぶく茶人・べったなさんが表現したい
    お茶とエモーション<後編>

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    かぶく茶人・べったなさんが表現したい
    お茶とエモーション<前編>

    お茶のバックボーンは役者 埼玉県入間市で育ったべったなさんにとってお茶はとても身近なものだった。 「茶畑もすぐありましたし、小学校の授業でも防霜ファンについて習ったり茶葉を使った調理実習があったり。お茶の博物館もあります…

    2020.05.01 日本茶、再発見

    ニューヨークで苦悩しながらも、飲む人の感情に向き合うことで、自身のスタイルに手応えを掴んだという茶人・べったなこと田邊瞭さん。帰国後、軽トラ1台で茶畑を巡る旅に出る。思い入れのあるお茶を淹れていただきながら、さらにお話を聞いていく。

    作り手に共感することで見えたこと

    「2018年の夏から、軽トラで寝泊りしながら茶畑を巡る旅に出ました。ミニバンとかにしておけば車内で寝れたんですけど、何で軽トラにしたかなって後悔しました。やっぱり静岡が広くて全国は回れなかったですが、他に奈良、京都、岡山あたりまで行って。その年、岡山では台風がすごくて(平成30年7月豪雨)、そこでボランティア活動をしたら軽トラが大活躍で」

    無鉄砲にも思える行動力のおかげか、行く先々で必ず何かが起こる。(前編でもバックパッカー時代などの話は割愛したものの、存分にエピソードトークを披露してくれていた)

    べったなさんの茶器セット。常滑焼急須は山田勇太朗さん作、湯呑みは同じく常滑の内村宇博さんのもの。SEIKOのヴィンテージ懐中時計で浸出時間を計る

    「自分の人生はショーだと思って、見たり聞いたりした人にエネルギーを与えられればいいと思ってます。そういう(ハプニングの)話とかも、実際色んな人と打ち解けるきっかけになりましたし。でも表面的な話だけではなくて、どんなことが嬉しいのかとかどんな苦労があるのかとか、もっと農家さんに共感しないといけないと思いました。それで去年は、京都の和束町に一番茶、二番茶、秋晩茶まで(5月〜12月ごろまで)、ずっと住み込ませてもらうことにしたんです」

    宇治茶の主産地として有名な和束町でつくられた昨年の一番茶。ブレンド用の茶葉のため、ストレートでこのお茶を味わえるのは、べったなさんのように直接お裾分けしてもらった人だけ。「ご夫婦でやられている農家さんなんですが、人手も少なくて苦労されていて。それでも町内で1番か2番かの高値がついてすごく喜んだりっていうのを見ていて。今日はそのとき分けてもらったお茶を持ってきました」

    「農家さんの近くにいて気付いたのは、お茶をどう売りましょうの前に、恋愛とか家族とかいろいろ一人の人間として悩んだりして生きていらっしゃるということでした。 いろいろな生産者さんのところを巡るにあたって、それを知っているか知らないかでは大違いかもなって気づきました 」

    今年はフェリーで九州から巡るルートを計画していたが、新型コロナウィルスの影響で産地巡りは断念。「(SNSなどで茶畑の様子も)見るとつらいから、見ないようにしてます」と言う。

    「こういう状況でお茶を飲む時間が増えたということも聞きますが、それどころじゃない人の方が周りにはたくさんいて。これが収まった後を見据えて、お茶に還元できることをするために今は力を蓄えようとしています」

    べったなさんは、周囲と同じ道から逸れることを恐れない人だ。「自分は違う方向を見ていよう、“かぶいて”いようと思ってて」と言う通り、人と違う目線を持つことを進んで選んでいる。それによって他人とは違う表現ができる。向こう見ずなようでいて、傾奇者は一歩引いた冷静さも備えているものかもしれない。

    「自分の中でお茶っていうのは、“〜 with tea” だと思ってるんです。人生の中でのお茶の時間であったり、前後があってこそのお茶だと思っています。正月にやったイベントも、アートパフォーマンスにリンクするお茶という形でした。昔、ある農家さんに『僕たちがサポートするために何をしたらいいですか?』って聞いたことがあるんです。すると『見てるだけでいい』って言われて。僕たちがやっていることを見るだけで『お茶の未来が見える、勇気がもらえる』って言われたんです」

    「自分の力は限られている」と認めた上で、小さくても光を当てることで明日のエネルギーを与えられる人がいることに気付かされたという。

    「小さな一滴でも垂らすと360°に広がっていって、その影響を受けた人がまた誰かに広げていく。一滴が大海につながるという意味で、『a drop』という自分のブランドをつくりました」

    昨年12月に名古屋で行なったイベントでは、茶、花、掛け軸、音というお茶室の要素を表現するために、フラワーアーティスト、画家、DJとコラボレーションした。3mほどにまで伸びた放棄茶園の茶の木を使ってフラワーアーティストが作品をつくったり、茶生産で使われるアイテムを活用してのライブペインティングが披露された。

    「そのとき、フラワーアーティストの方が『お茶がきれいになって、喜んでる』って言ってくれたんですよね。放棄茶園は負の遺産に見られる一方で、こんな楽しみ方があったんだっていうのが一つのエネルギーになりますし、それがまさに“a drop”で、そこからまた広がっていくのかなって」

    「生きるためにつくるお茶というのは当然あります。でも、『作品としてのお茶』というのがもってあってもいいんじゃないかなと思います。音楽でいえばいろんなジャンルの作品が並んでいるから面白い部分があると思うんです。大衆に受けるわけじゃなくても、作品として楽しむことができたら選び方が変わってくる。例えば就農1年目で、うまくいかないながらつくったお茶も、作品としてだったら面白いかもしれない。心揺さぶられますよね」

    感情が動かされるような体験を求めるべったなさんらしい考えだ。

    「変な価値観かもしれないけど」

    お茶と出会ってたくさんのことを教えてもらってきたからこそ、それは絵空事ではなく「一つのスタイルとしてありなのかなと自信はあります」と最後に語ってくれた。

    「お茶の世界に引き込んでくださった方々に本当に感謝しています。自分なりにお茶を表現し続けられれば、いろんな人に認めてもらえると思います」

    お茶が少しずつでも人の感情を動かすように、一滴一滴に想いを込める。

    田邊瞭
    埼玉県入間市出身。大学在学時より役者として活動。屋台居酒屋を経てお茶の世界に。ニューヨークのレストランでお茶のメニューをプロデュース。帰国後は各地のお茶の産地を巡りながら、アートと融合したイベントなど茶人として活動をしている。「a drop.」というブランドを立ち上げ、一滴から広がる波紋のように、多方面にお茶の魅力を響かせる。
    www.instagram.com/be90.jp (Instagram)

    Photo: Yuri Nanasaki
    Text: Yoshiki Tatezaki

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