• 茶器と文化を巡る旅
    木工作家・高山英樹さん

    2020.04.07

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    高山さんちの朝ごはんと手触りの話

    木立を抜けると、空が開け田んぼが広がっていた。小さな橋を渡ってすぐを右。用水路に沿った細い道をおそるおそる走ったその先の、田んぼの突き当たり。森に面した小高い場所が、木工作家の高山英樹さんの住まいだ。

    高山さんは石川県の能登半島出身。東京で舞台衣装の制作などファッション関係の仕事をしながら、世界中を旅してきた。やがて、木の触り心地に惹かれ、家具を作るようになる。2002年に益子へ移住し、アーティスト村としての益子の魅力を世界中に発信し続けている。

    木工作家の高山英樹さんご一家。左から妻の純子さん、高山さん、ひとり息子の源樹くん

    「益子は、いろんな世代がミックスしていて、とにかく自由。ひたすら陶芸やりたい人、木工やりたい人、農業やりたい人、などなど、いろんなジャンルの人が素直に移ってきて混ざってる感じがすごいおもしろいの。それぞれがコミュニティを持っていて、それぞれが発信していて、世界の似たようなところと交流している。サンフランシスコから1時間くらいのところにあるアーティスト村と展覧会やったり、そこから益子に外国のアーティストがきたり。益子はカントリーサイドなんだけど、ダイバーシティでもあって。今日は、益子の面白い人たちをご紹介しますから、期待していてくださいね。その前に、朝ごはんをどうぞ」

    純子さんの朝食。食卓も椅子もすべて高山さんの作品。木肌がなめらかで、夏はひんやりと、冬はほのかに暖かく感じるのも天然素材の特徴

    何を隠そう、高山さんのご自宅を見せていただくことは今回の旅の目的のひとつ。奥様の純子さんの朝食をいただきながら、素敵なライフスタイルを肌で感じたかった。食卓には、益子の著名な作家たちの器が置かれ、純子さんの手作りパンと手作りマーマレード、ヨーグルトやフルーツが並ぶ。そして庭のハーブで淹れたミントティー。絶品なのは、純子さん手作りのパン。思わず、これが食べたくて今日は益子まで来たのだよ、と心のうちが漏れてしまうほど、楽しみにしていた。もっちりと重量感があり、口の中で小麦の香りが広がる。永遠に食べ続けられる、そんな味。

    これが純子さんお手製の「純ちゃんパン」
    住まいは高山さんのセルフビルド。プレハブの躯体に大きな窓と、開放的な空間が広がる

    ……あれ? ムシャムシャ食べていて気がついた。あの〜、高山さん、この家にはやかんがたくさんありますけど、やかんがお好きなんですか?

    高山家のやかんコレクション。やかんやピッチャーなど、キッチンキャビネットの上にも色とりどり並んでいる

    「形もだけど、注ぐって所作そのものが好きなんだよね。旅の思い出に何かを買いたいと思ったときに、ただ飾るだけじゃつまらない。使いたいわけ。両方兼ねるものはなに?と考えたら、やかんだったの。それで旅行に行くたびに買って。いまではこんなに集まった! よく使うやかんは、スーパーで買ったんだけど、ふたの取っ手だけを自分で木工に付け替えてね。取っ手だけでもカスタマイズすると、量産品でも愛着がわくよ」

    「蓋の取っ手だけを変えたやかん」シリーズのひとつ。どこにでもある量産品も取っ手を交換するだけで個性が生まれるのがおもしろい

    高山さんは、生活と道具と所作はすべてつながっていると話す。見た目がすてきなデザインはもちろんだが、使って初めて生活ができあがるというのだ。そのいい例が、やかん。高山さんが気に入って買ってきても、純子さんが使わないものがある。使わないのは、おそらく使いにくいから。「家族みんなが使うものだから、使いやすくないとダメだよね。形ばっかりで使いにくいものはすぐわかる」のだそう。

    「お茶も同じだよね。急須に茶葉とお湯を入れて、器に注ぐ。その一連の所作があるからこそ、生活の一部になる。だからお茶をとりまく文化には、道具も茶葉も必要だけれど、それ以上に所作が必要なんだと思う。淹れる・飲むなどの所作を加えることで、生活にとけ込み、やがて文化に発展していく。

    日本で民芸という暮らしまわりの文化が育ってきた理由は、所作のなかでも、とりわけ触り心地を大切にしてきたからだと思う。つまりね、洋食では、お皿はテーブルに置きっぱなしだけど、和食では器を手に持って食べる。しかも、日本の湯飲みや汁碗には取っ手がない。取っ手がないから、両手で包むなどの触り心地を追求した。注ぐって所作も『持って触ってる』んだよね」

    高山さんが作る家具のポイントも触り心地なのだという。

    「昔、洋服を作っていたころは、肌触りを大切にしていて、いまもその感覚で木を削って磨いて家具を作っている。日本の文化の中でも、とくに触感という概念がすごく日本独特で重要だったんじゃないかな。いま、世界に日本の食や工芸が広まっているのは、世界の人たちも『触り心地が気持ちいいものは気持ちいい』と気づいたからだと思うな。

    高山さんは作品を作るために、木を削って磨く。「ある瞬間に、あ、これ、気持ちいい触り心地というのが出てくる。その感覚を大切に家具を作っている」のだそう

    触り心地の重要性を外国の人ですごく理解していたのがアップルの創業者の故スティーブ・ジョブスなんだよ。彼の最初のiPodは新潟県燕三条のステンレス鏡面研磨の技を使ったでしょ。あの、曲面の、鏡面の触り心地をわかっているのは日本人だけと思っていたから、アメリカ人のジョブズが作ったときは、やられた!って思ったよね」

    触り心地。物選びにおいて確かに重要だ。これまでとくに意識したことはなかったけれど、「このお湯呑みの飲み口が気持ちいい」「ゴツゴツしているけれど手に沿うようにデザインで持ちやすい」のようなことは言っている。触り心地が民芸の世界でどのように発展し昇華してきたのか、今回の旅の裏テーマにして探ってみよう。

    まず最初に訪れるのは、陶芸家の石川雅一(はじめ)さんのご自宅。

    「石川さんのところはすごいよ! 全部が似合ってるの。空間と、集めてるものと、存在と。すべて石川さんにマッチしてる。あんなにまん丸なのに、作っているものが繊細で。ギャップがあってめちゃめちゃおもしろいよ」と高山さん。雨降りの朝だが、膨らむ期待を胸に、私たちは車に乗り込んだ。


    高山英樹
    木工作家。石川県出身。2002年に益子へ移住し、益子の魅力を世界へ発信し続けている。最近では、この春に開業のAce Hotel京都のためにテーブルと椅子を制作した。

    Photo: Yu Inohara
    Text: Akane Yoshikawa
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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