• まるでナチュラルワインのように。
    サーモン アンド トラウトの
    ティーペアリング
    <前編>

    2020.03.24

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    球体感のあるミネラル、てらいのない自然なお茶に魅せられて

    2014年のオープン以来、多くのフーディーたちに驚きと食の新しい体験を提供し続けている[Salmon&Trout(サーモン アンド トラウト)]。2019年にシェフが交代し、リニューアルオープンしたことをきっかけに、料理にお茶を合わせる「ティーペアリング」を始めている。

    ティーペアリングを提供するのは、同店のオーナーでありカヴィストの柿崎至恩さん。カヴィストというのは、カーヴ(酒蔵)の管理人という意味で、レストランや酒販店で仕入れや管理を担当する専門職のことだ。食のライターや翻訳者のキャリアを持つ柿崎さんは、2006年からシチリアのワイナリー「フランク・コーネリッセン」でブドウ栽培とワイン醸造を学んだ経歴も持つ。コーネリッセンは、ストイックな姿勢と哲学を持つ自然な造りのワイナリーで、日本はもちろん世界中に多くのファンを擁している生産者だ。

    カヴィストの柿崎至恩さん

    「コーネリッセンの元で働いていた時、彼がよく言っていたんです。『ワインより難しく複雑なのが日本酒、そしてお茶、最後に水だ』と。当時は彼の真意がよく分からなかったけれど、その言葉は心にずっと残っていた」と柿崎さん。

    Salmon&Troutではオープン当初、お茶は出していなかったが、常連客の一言がお茶へ関心を向けるきっかけになったという。

    「中国茶のお茶会が京都であるから来てみない?と誘われて、ソムリエの山崎裕太と2人で行ったんです。そこで雲南省から来たゲストが、1950年代に作られ、熟成されてきた中国茶を持って来てくれて、それを飲む機会に恵まれました。そしたらその味が衝撃で……! よく分からないけれど、凄かった。凄いということだけはわかりました。それは初めてナチュラルワインを飲んだ時の感激にとても似ていたんです」

    そこから中国茶、そして日本の茶産地へと目を開いていったという柿崎さん。現在は40〜50種類の茶葉を、状態を見ながら様々な環境下で保管し、料理に合わせて8〜10種類をペアリングで提供する。

    「僕はナチュラルワインに長く携わっていたので、お茶にも同じようなアプローチで接しています。」

    選ぶ茶葉は、風土が表現されているもの。具体的には、肥料を与えず、剪定を強くしすぎない木から育った茶葉。そして標高の高い産地で作られたお茶。意図的な狙いをもって加工されたものではなく、衒い(てらい)のない味に惹かれるという。

    「食べもの(食材)の価値は、人間が厨房で作り出せないものにこそあると僕は思っています。お茶も、自然しか作り出せない味わいがある。それを咀嚼して、表層的ではないところでペアリングして提供したいと思っています」

    ある日のコース料理から、3品のティーペアリングを紹介しよう。

    月ヶ瀬浅揉み煎茶(自然栽培)と「熟成ボラ昆布〆」

    「お茶は奈良県の月ヶ瀬という地域で、農薬も肥料も使わず育てているお茶農家さんのものです。料理はボラの昆布〆とスッポンのゼリー、そして大根おろしの組み合わせなので、ナチュラルなミネラルはもちろん、フルーティーな少し青い香りを入れたいですね」

    そう言って柿崎さんが取り出したのは、鹿児島県奄美群島の「喜界島(きかいじま)」にある在来柑橘、シークーの乾燥果皮。シークーは最近、イタリアの柑橘 ベルガモットと果皮の香り成分や遺伝子が似ていることが明らかになったという。「シークーの果皮を乾燥させて保存していたので、これを小さくちぎって、茶葉に混ぜましょう」

    茶葉と果皮をガラスビーカーに入れ、80度のお湯を少量入れたら蓋をし、2分程度蒸らす。果皮からも香りが抽出されたところで熱湯を一杯分注ぎ、40〜50秒。片口に入れて少し温度を冷まし、薄いグラスに注いだ。実験風景を見ているようで、なんだか楽しい。

    料理は、冬の名残りと春の訪れを感じられる構成。冬の魚特有の脂の乗った味わいと、山菜の青々しい香りを、シークーの華やかな柑橘香がおし拡げる。緑茶のミネラル感は、どことなく春の海を思わせる塩味(えんみ)がある。

    「この海っぽいフレーバーは“salinity”と表現され、海外の方からも人気ですね。日本の食材は“salinity”を感じるものが多いようです。彼らは麹も塩味の一種と捉えています」

    シェフの中村拓登さん

    シェフの中村さんが作る料理を見て、ソースを味見しながら、即興音楽のようにお茶をペアリングする柿崎さん。

    「料理の足りない要素をお茶で補うというよりは、お茶の持つ『球体感のあるミネラル』を料理に添わせるというイメージです」

    後編ではさらにペアリングを紹介しながら、サモトラ流のティーペアリング哲学に迫る。


    Salmon&Trout
    多くのフーディーから「サモトラ」の愛称で知られる同店が、2019年6月にリニューアル。中村拓登シェフが作る驚きのある料理を、オーナーカヴィストの柿崎至恩さんが世界の「風土」が見えるお酒やお茶とペアリングして提供する。
    料理コースは8,000円。ティーペアリングは5,000円。2月からはランチ営業もスタートさせた。
    salmonandtrout.tokyo

    Photo: Yuri Nanasaki
    Text: Reiko Kakimoto
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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