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2020.11.13

吉本ばなな連載
『和みの想い出』
第10回

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あっこおばちゃんのレモンティー

以前にも書いたが今回も、最後まで私と私の実家に日本茶を送ってくれた、私のもうひとりの育ての親、あっこおばちゃんの話だ。
私は中学生のとき、彼女に英語を習っていた。
今思うと、ネイティブ的なものでは全くない文法中心の、まさに日本の教科書的なものだったが、私は週に1回、まじめに通っていた。
レッスンの前に、あっこおばちゃんはいつもアールグレイのアイスレモンティーを作ってくれた。ガムシロップを入れたそれがおいしくて、子どもだった私でもそのおいしさはわかり、何回もお代わりをした。
後に結婚して生涯その再婚相手と連れ添ったあっこおばちゃんだったが、当時は50代で小さな会社に勤め、小さなアパートの6畳くらいの部屋に一人で暮らしていた。
今になればその人生のたいへんさとか、不安とか、切なさとか、いろいろなことが理解できるのだが、当時はただの何も知らない子どもだった私は、勉強をさぼりがちだったし、行くのがめんどうだった。母が私に英語を習わせていたのは、経済的に彼女を援助するためだったと、今ならよくわかる。

大人になってわかった。
紅茶を濃い目に淹れて、ロックアイスをがんがんに盛ったポットの中にジャーと入れれば、アイスティーってできるよね?と。
ガムシロップは買ってくればいいし、と。
そのとき初めて、あっこおばちゃんの不器用さに気づいた。
多分本で見たとおりだったのだろう、あっこおばちゃんは、ポットの外側に冷蔵庫で作った氷をみっちり入れて水を張り、その中に粗熱の取れた紅茶が入ったポットを入れて、1時間くらいかけて、アイスティーを冷やしていたのである。
そしてガムシロップは小鍋で手作りしていた。
それをていねいに氷抜きのコップに注ぎ(氷を入れるとお茶が薄まるからということだった)、レモンの輪切りを添えて、出してくれていたのだ。
氷やガムシロップを買えない経済の状況と、手を抜くということを全く思いつかないその人柄が合わさって生まれた飲みもの。
私はそのたいへんな手間と労力に、後から気づいた。

大人になってから、あっこおばちゃんの人生ももう終盤になった頃、おうちに遊びに行ったことがある。
私も、少しはものがわかってきたから、役立つものやおいしいもの、日持ちのするものやしないもの、いろいろ取り混ぜて手みやげを持っていった。そのくらいできるくらいに成長して会えたことは、ほんとうによかったのだ。
あっこおばちゃんはすっかり年取っていたが、笑顔で言った。
「今日は懐かしいものを作ったのよ、あの『あっこおばちゃんのアイスティー』!」
そして、あの懐かしいアイスティーと全く同じ作り方で、さらにガムシロップももちろん手作りで、私の前にあの懐かしい味がやってきたとき、涙がにじんでしまった。もう二度と飲めないと思っていたもの。そして全く同じように再現されているもの。
不器用とか無骨というものの凄みと良さを、その味は懐かしく語っていた。

吉本ばなな
1964年東京都出身。1987年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞し作家デビューを果たすと、以後数々のヒット作を発表。諸作品は海外30数ヶ国以上で翻訳、出版されており、国内に留まらず海外からも高い人気を集めている。近著に『吹上奇譚 第二話 どんぶり』『吹上奇譚 第三話 ざしきわらし』がある。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。
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