• 大山泰成さん&丸山健太郎さん特別対談
    日本茶のネクストステップへ<前編>

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    今回から2回にわたってCHAGOCORO特別対談をお届け。日本におけるスペシャルティコーヒーの先駆け、[丸山珈琲]の代表・丸山健太郎さんと、茶師十段という日本茶審査のトップの資格を持つ下北沢[しもきた茶苑大山]の代表・大山泰成さんのお二人が登場。日本茶とコーヒーのトップランナーの視点を行き来しながら、日本茶がネクストステップを踏み出すためのヒントを探る。

    トップクラスの日本茶を丸山珈琲で

    — まず、お二人のつながりということで言いますと、[丸山珈琲 西麻布店]で大山さんのお茶を提供しているとのことですが、どのような経緯があったのでしょうか。

    丸山 東京には2012年に初めて尾山台にお店を出したんです。そこは比較的小さなお店だったのですが、その頃[ブルーボトルコーヒー]さんをはじめとする外資系のロースタリーが東京に来るという話を生産者さんたちから聞いていたんです。それに遅れは取れないと思って、山手線の内側にしっかりとインパクトのあるお店を作ろうと思って(2013年に)作ったのが西麻布店でした。とがったことをしないといけないという意識もありました。当時私が感じていたのは、スペシャルティコーヒーのイベントに集まってくださる方が固定化しているということ。もっと違う好みを持っている人と繋がることでコーヒーの世界も広がるのではと思っていました。そんな中、お茶好きの方たちっていうのは面白いと思っていましたし、本当に美味しいお茶をカフェで出すっていうことはありそうでなかった。西麻布でやるのであれば最高のお茶を出さなければならないということで、大山さんにお願いをしたんです。

    大山泰成さん(左)と丸山健太郎さん(右)。1対1でゆっくりお話するのは初めてというお二人

    大山 私は丸山さんからそういう風にお茶を出したいって言っていただいてすごく嬉しくて。玉露もいいし、煎茶もいいし、どの産地にしようかって考えていたときに、釜炒り茶がいいと思いました。釜炒り茶というのは、日本茶の生産量の1%にも満たないお茶なんですね。ただ歴史的に見ますと煎茶の大先輩で、江戸時代の初期に中国から入ってきたと言われるんですが、釜炒り茶が煎茶の発明に繋がっていくんです。

    丸山 そうなんですね。

    大山 ひょっとして、1%にも満たないけれども歴史ある釜炒り茶がどこかきっかけを掴んだら、新たなる潮流を作ってくれるんじゃないかなと。それと、たまたま丸山さんのところの素晴らしいスタッフ方が、普段エスプレッソを飲んでいる方たちが「大山さんのところの釜炒り茶だと飲めるんですよね」と言ってくれて。コーヒー好きの方やプロフェッショナルの方が、コーヒーの合間に飲んでいただけるお茶として釜炒り茶がいいのではないかと思ってお勧めしたんですね。

    丸山 なるほど。

    大山 それともう一つ、お茶の世界にはコーヒーのCOE(カップオブエクセレンス)に匹敵するべき全国茶品評会(全国お茶まつり)がありますよね。それに入賞したお茶を日本の丸山珈琲にぜひ置いていただきたいなという思いがありました。トップクラスの日本茶、これをぜひ西麻布のお店に置いていただきたいとお願いしたら採用してくださって、すごく嬉しかったんです。

    丸山 大山さんおっしゃるように、品評会で上位入賞したものってちょっと神がかっているじゃないですか。この世のものとは思えないというものがあって。最初にいただいたときにそういうものを感じました。今も感じていますけど、どのカテゴリーも本当のトップのトップは違うなと思いました。

    昨年の第73回全国茶品評会で一等五席というトップクラスの評価を受け、全国茶商工業協同組合連合会理事長賞を受賞した宮崎県五ヶ瀬町の興梠洋一さんの釜炒り茶

    大山 2年前に農林水産大臣賞を獲ったお茶を落札したので置いてくださいとお願いして、丸山さんには二つ返事で了解いただけたのですが、その後、商品開発の方からは「コーヒーより高いお茶は……」と言われてしまったこともあるのですが(笑)。でも一等一席、三席、まさに日本一のお茶を置いていただき、そういう珈琲店というのは丸山さんのところをおいて他にないだろうと思います。まずは、伝統的な急須で淹れていきたいと思います。

    — ちなみに丸山さんは、普段日本茶は飲みますか。

    丸山 日本茶、飲みます。

    大山 丸山さん、実はコーヒーより日本茶が好きだって言ってくださって(笑)。

    丸山 いや、本当に。自分はコーヒー好きじゃないってよく言うんです。信じてもらえないのですが。お茶のいいところは落ち着くっていうところですよね。若い頃インドに行っていたものですから。そのときちょっとしたヨガとか瞑想もしていたのですが、そういう人たちってコーヒー飲まないんですね。やっぱりお茶なんですよ。コーヒーだと興奮して、なかなか静かに黙想できないんですよ。お茶だと眠らない程度に目を覚ましていられる。

    大山さん愛用の急須は万古焼。独特の土の模様に、持ち手が透かしになっていたり飾りがついていたりと職人技巧が詰まっている。釜炒り茶が急須で丁寧に淹れられた

    妖しくセクシーな香り

    丸山 みずみずしい感じですね。スッと入ってくる。ド直球でおいしいですね。後味や香りが素晴らしい。

    大山 煎茶を「味のお茶」という言い方をしますと、釜炒り茶は「香りのお茶」というものですね。ウーロン茶など半発酵のお茶でも釜炒りという技術があるんですけど、基本的には釜炒り茶も緑茶で、煎茶と同じカテゴリーに入ります。その中で蒸して作る(煎茶)か、炒って作る(釜炒り茶)かなんですが、殺青する(摘んだ茶葉を熱処理して酸化酵素の働きを止める)ための時間は釜炒りの方が長いです。長いことで多様なお茶の香りが生成されますし、炒りとか釜香かまかという香りが付加される。香りが大変複雑で、面白いものなんですね。

    丸山 今も続いていますけど、素晴らしい香りですね。私タバコは吸わないですが、中南米に行くと勉強のために葉巻を吸うことがありまして、本当に香りがずーっと残るんです。質は違う香りですけど、残る香りがずっと楽しめる。妖しいというか、葉巻だとセクシーって言うと思うんですけど、このお茶もセクシーって言っていいんじゃないかというぐらい、すごく良いものですね。

    大山 まさにそうでして、葉っぱですので緑の香りというのは元々あります。その中で、萎凋いちょうや発酵させるお茶には酵素反応があって、多少そういうフルーティーだったり花香はなかのようなものも出てきます。あとは、炒り香とか釜香とかの特殊な香りが、スモーキーな香りになったり、香ばしさがあったりというものと緑の香り、ちょっと熟成したような香りとかが複雑に絡み合ったものがこれです。

    丸山 良いワインについて、モカ香だって言うソムリエの方がいるんです。コーヒーのモカの香り。僕からするとちょっと違う部分もあるんですが、でもこういう妖しい香りなんですよ。こういう妖しいフローラルで、だけどただ青臭いだけじゃなくて、ちょっといぶしたような感じの強さ、そこにちょっと変化したようなのが入ってくると病みつきになるというか魅力的というか。それがありますよ。僕、西麻布店でも飲んでたんですけど、今のご説明を聞くと、改めてその味だなっていう発見がありました。

    大山 お茶屋っていうのはかつて昭和30〜40年ぐらいはコーヒーも一緒に扱っていて、私自身も少しはコーヒーを知っているのかなって思ったものが、丸山さんと出会って知ったコーヒーは大変華やかでフルーティーで、これがコーヒーなのかって思ったんですね。釜炒り茶もそうですが「日本茶にもこんなお茶があるのか」っていうのをわかっていただくチャンスを作っていかなければならない。

    丸山 このすごく魅力的な香りが5分10分続く。これって他の嗜好品と同じか、もしかしたら長いんです。日本人というか、僕もそうだけど、あまりにも普通に飲んできちゃうんで、そういう回路になってないんですよね。今そこを意識してみたら、すごく長く続くし、これすごくお得じゃんっていう。嗜好品としてすごく楽しみがいがある。ウイスキーも香りがずっとあるんだけど、それと同じように、ノンアルコールで昼間から堂々と楽しめるんだなってすごく実感しましたね。

    日本茶・コーヒーにおける香味の捉え方

    — お二人ともそれぞれ味の審査をされるトップの方でいらっしゃって、コーヒーで良しとされるもの、お茶で良しとされるもの、違いや共通する部分などあるのか気になっていたのですが、いかがでしょうか。

    丸山 それでいうと、ゲイシャというコーヒーがあるじゃないですか。すごく珍重されるんですけど、特にそれを求める人はアジアの方が多いんですね。ゲイシャにはいくつか系統があって、日本でよく言われるライチあるいはジャスミンのような花の香りがするタイプもあれば、酸の強いトロピカルフルーツのような香りもある。日本や中国の方は花系が好きなんですよね。それはお茶のベースがあるからじゃないかなって思うんですけど、どう思われますか。

    大山 その意味では、まだまだ日本の市場は未開だなと思います。圧倒的に煎茶が普及していまして、それも深蒸しという形になっているので、どちらかというとその華やかな香りというのはこれからの期待と希望という印象です。

    丸山 なるほど。あと、質の良い甘みというのはありますよね。欧米の方は例えばリンゴにしても酸っぱいのが好きじゃないですか。口に入れてパーンと明るい酸が広がって、そのときに唾液がジュっと出る、そのときに彼らは「sweet」って言うんですよね。だけど、日本人は酸味由来の甘みよりもどちらかと言うとほのかな甘み。よく「柿の甘さ」とか言いますけど、これも苦さがあってきちんとお茶の味があるんだけど、最後にお茶の甘みがあるっていう感じを喜ぶところがありますよね。そこはコーヒーでも同じで、お客様が最終的に判断してくださるのは甘いっていう方なんですよね。

    大山 おっしゃる通りだと思います。苦みと渋みっていうのはやはり差が難しい。相まったもので「苦渋み」なんていう言葉もありますけど。それがスッと消えた後に甘さのあるお茶が良いお茶だっていうのが良さの基準なんですね。

    丸山 やっぱりそうなんですね。じゃあ質の良い苦みだったらOKですか?

    大山 いや実は、お茶では苦みはダメだって言うんですね。渋みが良いって言うんですね。私どもは仕入れの時に苦いお茶は買っちゃダメだって言われます。

    丸山 「苦い」って言うのは具体的にどう言う感覚ですか。

    大山 えぇと、いつまでも舌の上に残るような……。

    丸山 それはね、コーヒーでいう渋みですね。逆なんだ。コーヒーではそれを「収斂する感じ」って言うか「渋み」で言いますよね。

    大山 刺激というか、ちょっと口の中がさっぱりするというか、清涼感があるものを渋みって言います。

    丸山 お茶の場合、渋みは清涼感なんですね。なるほど、面白いです。

    大山 これは中国の話なんですが、お茶の本質は何かっていうとやはり清涼感。人を爽やかにするものがお茶の本質だっていうことが言われています。

    丸山 飲み終わった後に清涼感がきますよね。コーヒーも同じです。飲み終わった後に、爽やかというか、もう一杯欲しくなる。よくスタッフにも言うんですけど、長年コーヒーを販売してきて、日本のお客様が一番気にされるのが後味だと思っています。……私しゃべりすぎですかね? すごく嬉しくて(笑)。

    — いえいえ、とても面白いお話で聞き入っていました。実は今日はあと2杯ほど大山さんに淹れていただけるようご用意いただいているんです。

    大山 はい。あと2種類の淹れ方をしますので、比較してお楽しみいただければと。日本茶は煎茶が90%近くを占めていて急須ひとつで済むのですが、釜炒り茶とか様々なお茶が実はあるんですね。こう言ったものが日の目を見るには、急須だけではなく様々な抽出器具や抽出方法が日本茶にも増えなければ味わいが広がっていかないんじゃないかなと。そういったところもぜひ今日は丸山さんにアドバイスいただければと思っているんです。


    後編では大山さんがコーヒー器具を使って釜炒り茶を淹れてくれます。日本茶のネクストステップのためにコーヒーの視点から学べることは何か。さらに話は深まっていきます……。

    丸山健太郎|Kentaro Maruyama
    1968年生まれ。株式会社丸山珈琲代表取締役社長。COE(カップ・オブ・エクセレンス)国際審査員、ACE(Alliance for Coffee Excellence Inc.)名誉理事。「世界で最も多くの審査会に出席するカッパー」と呼ばれるほど、数々のコーヒー品評会・審査会で活躍。
    maruyamacoffee.com

    大山泰成|Yasunari Oyama
    1962年生まれ。1970年創業の東京・下北沢[しもきた茶苑大山]の代表を務める。2000年に全国茶審査技術競技大会で優勝。現在日本に15人しかいない茶師十段の資格を2007年に取得。世界緑茶コンテストの審査員を務める他、様々な日本茶の美味しさを広める活動を行なっている。
    shimokita-chaen.com

    Photo: Junko Yoda (Jp Co., Ltd.)
    Interview & Text: Yoshiki Tatezaki
    Assistants: Emiko Izawa & Hikaru Yamaguchi

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    2020.11.06 INTERVIEW日本茶、再発見

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