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2020.10.09

多田製茶・多田雅典さんの
変化を楽しむ茶と人生
<前編>

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大阪・枚方の製茶問屋[多田製茶]は、高級玉露から個性的な番茶まで幅広いラインナップでお茶のニーズに応えている。多田雅典さんは、このお茶屋に育ちながらも、大学卒業後は上京しマーケターとして活躍していた。「お茶は全然飲んでなかったですね」と話す多田さんが現在は家業を支え、斬新な発想のお茶を生み出している。その変化の半生を聞いた。

お茶には全然興味がなかった
サラリーマン時代・前期

— 多田製茶さんで、多田さんは何代目になるんですか。

多田 まだ父が代表ですが、僕で7代目。創業して160年くらいですね。大阪でお茶を作っている茶問屋は他に2、3軒くらいと少ないんです。大阪は消費の地なので、仕入れ問屋の方が歴史的にも多いですね。うちの場合はたまたま畑があって、夏から秋はお茶を手揉みして京都の市場に卸したりとか、冬は炭を作って炭を販売したり、元々は生活用品系の商社だったんです。結果的に今はお茶だけが残っているという感じです。

— 多田さんご自身は京都の大学を卒業して、お茶の世界ではなくマーケティングの会社に就職されたそうですね。

多田 はい、CRM、カスタマーリレーションシップマネジメントという分野をメインにやっていました。顧客とどうつながってどう維持していくかというようなことですね。13年ぐらいサラリーマン生活をしていました。

— サラリーマン時代、お茶はどんな存在でしたか。

多田 よく「前期」と「後期」に分けて話すんですけど、その境目が28歳の時に取った「日本茶インストラクター」の資格です。前期のときは全然飲んでいなかったです。家がお茶屋なんで、急須を持たされ、たまに茶葉も送られてくるんですけど、お茶淹れたことないのにお茶送られても困るし、急須、何なん?と(笑)。

— 「急須、何なん?」ってつっこんじゃうほど(笑)。

多田 料理もしないのに、お茶淹れるたびに生ゴミも出るし、という感じでした。

変化していったお茶への理解

— インストラクターの資格を取ったきっかけは何だったんですか。

多田 きっかけは父からの言葉でした。当時結婚したばっかりの僕と妻に、「インストラクター受かったら、お小遣いあげる」って。二人とも受かったとしたら、新婚だし結構大きかったんですよね。だから、よこしまなんです、本当に(笑)。二人で勉強して、ちゃんと受かりました。

— そこから「後期」が始まっていくなかで、変化はありましたか。

多田 はい。同期で受かった同士で一緒にお茶会をしましょうという誘いがありました。資格を取った(日本茶インストラクター協会)東京都支部は非茶業者の方が多いんです。友達を作ろうくらいの軽いトーンで行ったんですけど、皆さんの話の内容がめちゃくちゃマニアックで。自分はお小遣いのために受けたので、そのギャップもありまして。でも、茶業に関係がない人がお茶にこれだけハマるってどういうことだろうっていう関心が生まれたんです。僕もせっかく取った資格を活かそうと、営業に取り入れたら結構受けたりして。そこからお茶のイベントなんかを仲間とやったりしました。

— お父さんから家業を継いでほしいといったお話はなかったですか。

多田 全然なかったです。僕が「家帰る」って話をしたとき、父は「家の茶の仕事を手伝ってほしいな」という気持ちと「平成に生まれ育って、お茶をほんまにさせる必要があるのか」っていう葛藤を抱えていたと話していました。

— インストラクターの資格は取ったものの、仕事としてのお茶の修行というのはそれまでされてなかったですもんね。

多田 はい、全然わからない状態でした。家に戻った最初の年は、農研機構 金谷茶業研究拠点に行って勉強させてもらいました。品種を作る育種と栽培を研究しているチームに入れてもらえて、官能審査専門の先生に弟子入りして、良いお茶と悪いお茶の見分け方、この味がなぜどの工程で起きるのかっていう見分け方をずっとついて回って勉強してました。日本で一番お茶に関する書籍が揃っているといわれる図書館もあって、雨の日はひたすらそこにこもって論文を読むっていう。

— まさに晴耕雨読ですね。

多田 本当に。わからなかったら、専門の先生にすぐ聞きに行ける。その積み重ねで、お茶を取り巻くいろいろな事象は、全てではないんですけど、多くのことはきちんと説明できるんだなっていうのがわかり、そこからすごくハマっていきましたね。「日本茶の言語化」っていうテーマもすごくおもしろいなと、そのときに思いましたね。

— オリジナルブレンドのお茶をプロデュースするということもされていますが、それは2年目以降ですか。

多田 そうですね、仕入れとかはやっていて、荒茶の仕上げをどの程度するかっていうところは、1年目に会社のプロセス改善をしたときに一緒にやったんですよ。なので、工場の雰囲気とかはすごくイメージができていて、火入れの指示はできたんですけども、合組については別で。「Ossam. 04」を作ったのが、オリジナル合組の始まりですね。それは、さっきの東京支部の日本茶インストラクター仲間だった高津くんや小幡くん、長尾くんたちと「オッサム・ティ・ラボ」というグループをサラリーマン時代からやっていた延長でできたお茶です。

— どんなお茶なんですか。

多田 当時、世の中にないお茶を作ろう、どうせ作るのであれば日本茶アワードに出品してみようとなり。火がこってりと入った甘いお茶が入賞することはわかるけれども、そうではなく、とんがったお茶を作ろうってなって作ったお茶ですね。

— とんがったお茶とはどんなお茶なんでしょうか。

多田 万人受けするお茶、誰が飲んでもこのお茶っておいしいよね、買いやすいよねっていうお茶とはちがって、欲しがる人がすごく絞られるかもしれないけど、好きな人が絶賛してくれるようなお茶ですね。個性的な香りとか、しっかり渋みを活かすとかもそうですね。当時は、個性的なシングル・オリジンの品種茶を使った合組が世の中に無かったので、それを開発することを目的に商品を作りました。

明確なコンセプトを設定した上で、それをお茶で表現するという多田さん。今回の取材でも新たなお茶が生まれることとなる

宇宙のお茶、生命のお茶、たぎるお茶

— 多田さんのオリジナルブレンドでお聞きしたかったのが、「宇宙をテーマにしたお茶」というものなのですが、それについても教えてくれますか。

多田 あれは、「架空のホテル」をコンセプトにしたブランドを開発している会社のU.S incからのご依頼でした。客室に必要なものを考えたときにウェルカムティーってあるよねと。お茶って必要だよねということで、相談を受けて作ったんです。どんなお茶にしたいですかと打ち合わせしたら、「宇宙です」と。ここにメモがあります。

— 「テーマ1、宇宙。大気圏をこえるほどの衝撃」(笑)

多田 すごいでしょう? 意味わかんないでしょう?(笑)

— 「テーマ2、生命。いのちの始まりを感じる衝撃」。またこれも(笑)

多田 すごいでしょ、また。おもしろいなと思って。

— テーマ3まであるんですね。「野生をよびさます衝撃」。味覚イメージが「たぎってくる、体の中から燃えてくる」!

多田 これすごくないですか。基本的にサラリーマンのときから、「これできる?」って言われたとき、「ノー」って言いたくないんですよ、絶対。それで、おぅ、宇宙やろうぜ、乗ったと。

— 乗ったものの、考えないとですよね。

多田 話をしながら、味と香りのイメージを追加していって。すると、濃厚とかガツンとか、そこから衝撃を受けるっていうのが出てきて、そこから作った感じです。全商品全原料の、特徴は頭に入っているので、これとこれを混ぜたらこんなお茶ができるなっていうのが、「1 宇宙」と「2 生命」については頭の中でできました。
でも「3 野生」がすっごい難しくって……。お茶って一般的にリラックスとか、たぎるの反対じゃないですか。それで僕、漫画好きなんですけど、『へうげもの』で戦の前に抹茶を飲むシーンがあるのを思い出したんです。武将が「よし、たぎってきた! 今からいくぞ」っていうシーンがあって。戦国時代なんて確かに、カフェインを摂る機会は少なかったはずなんで、刺激がすごく強いはずですよね。それで、お茶飲んで戦に行くって、フィクションかもしれないですけど、イメージはできる。それを現代に持ってきたお茶を作ったら「3野生」のテーマいけるよねということで作った感じです。クライアントとコンセプトをしっかりと固めて商品を作ることは、日本茶の商品化ではとても珍しいかなと。コンセプトに負けない良いオリジナル商品を作れたと思っています。

— なるほど、すごい。お話だけでもすごく面白いです。今日は、そんな多田さんにCHAGOCOROのためにオリジナルブレンドを作っていただけないかとお願いをさせていただいたんです。もちろん「ノー」とは言わずご快諾いただいて、もうサンプルもお持ちいただいて。

多田 はい! 持ってきました。合組したものと、その原料になっているシングルオリジンのお茶も持ってきました。「HENGE(ヘンゲ)」という名前のお茶をご提案させていただこうと。

シングルオリジンのお茶の個性とオリジナルブレンド「HENGE」については後編で。

多田雅典|Masanori Tada
大阪に160年以上続く製茶問屋[多田製茶]の専務取締役。マーケティング会社に就職し、大手メーカーなどの商品キャンペーンの企画などを手がける。28歳のときに日本茶インスタラクターの資格を取得。「日本茶をもっと楽しく、もっと自由に。」をテーマに掲げるオッサム・ティー・ラボというグループでは、海岸での喫茶などさまざまなイベントを展開してきた。日本茶アドバイザー養成スクールの専任講師(日本茶鑑定)や大手調理師専門学校で日本茶の講師を務める。

Photo: Eisuke Asaoka
Interview & Text: Yoshiki Tatezaki

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