MENU

2020.07.21

若き茶農家
杉山忠士さんが目指す
“本物”のお茶づくり

SCROLL

高校2年で園主に。今は、「お茶がなきゃだめだ!」

静岡茶の明るい未来を開拓しようと、片平次郎さん(豊好園)杉山貢大さん(杉山貢大農園)が始めた〈茶農家集団ぐりむ〉。ここで先輩ふたりとともに汗を流すのが、2000年生まれの19歳、杉山忠士さん(しばきり園)だ。

杉山忠士さんが営むしばきり園は、茂畑という集落にある。そう、前回ご紹介した杉山貢大農園と同じ。園主の杉山貢大さんは忠士さんの遠縁の親戚で、家もすぐ近所という間柄だ。

忠士さんが高校生のときに、お父さまが逝去された。高校2年の終わりに跡を継いで園主となって、今年2年目を迎えた。

「だから、自分の力でお茶を作ったのは、今年でまだ2回。うちは、『峰』と『山咲』という2つの手摘み自然農法のお茶と、手摘みかぶせ茶の『時鳥』というお茶をつくってます。」

この日私たちに飲んでもらいたいと、忠士さんが用意してくれたのが「山咲」だ。これは昨年、忠士さんのお茶づくり初めの年のもの。「実は失敗作なんです」と話すが、どのようなお茶なのだろう。

「色が黄色いのが分かります? 『山咲』は、いわゆる白葉茶なんです。新芽だけが黄色くて、在来種の突然変異みたいです。お茶の色も黄金色なんですよ。それが秋になると緑化して普通の畑と変わらなくなる。でも、新芽が黄色いから春になると、『おっ新芽が出た!』ってすぐわかる」

突然変異? つまり、それって、ある年に突然、黄色い新芽をつけた茶樹が現れた、ということ?

「いえ。ぼくのおじいちゃんが最初、山で見つけて、観賞用に庭に植えたんです。それを畑にしたのがお父さん。他のお茶に比べると3倍くらいテアニン(旨味成分)が多くて、苦味のカテキンがほとんどない。まるごと旨味みたいなお茶なんです」

しっかりと湯冷ましをして、宝瓶で丁寧に淹れてくる姿も凛々しい

観賞用だった「山咲」を、どうしてお父さまは飲んでみようと思ったのだろう?

「う〜ん…なんでだろう……。それは父親に聞いてみたかった。茂畑の共同製茶場は、生葉が最低35キロないと製茶できないんです。それが、磐田にある静岡県立農林大学校に、生葉が5キロや10キロの少量でも製茶できる機械があるらしくて。そこで試しに製茶しつつ、みんなで飲んで、という経緯だったらしいです。お母さんから聞いたんですけど、そんなこと全然知らなかった。父親とお茶の会話って一切ありませんでした。いまは、直接『なんで?』って聞きたいことがありますね。なんて言うかなぁと思って」

高校2年で園主となった忠士さん。小さい頃からいずれ跡を継ごうと思っていたのだろうか。

「そうでもないです。それまでは普通の高校生で、けっこうガチでスケボーをやってて。父親のことがあって、畑を手伝うようになって、茶樹に触るようになった。と、同時に、この先どうやってしばきり園を残していくのかって話になって。それで、次郎くんと貢大さんが助けてくれた。ぐりむがあって、ホントよかったです」

玄関前にはスケートボードが2台。お茶づくりを始めてからはすっかり辞めてしまったのだとか。「怪我もしていられないので」

忠士さんがしばきり園の跡を継いだ前年に、片平さんと杉山貢大さんが〈茶農家集団ぐりむ〉をつくっていたのだ。

「お母さんが、俺をどこに修行に出したらしばきり園を残せるのかを考えて、次郎くんに相談したんです。次郎くんのお父さんの豊さんが、うちのおじいちゃんとすごく仲がよくて。そのつながりで、俺を『ぐりむで修行してこい』じゃないけど(笑)、送り出してくれた。お母さんに、お茶農家としての道の入り口をつくってもらった感じです」

その後、忠士さんは、次郎さんや貢大さんが所属している茶工房にも加入した。

「茶工房でもすごくいいお茶をつくっている、レジェンドのような人と巡り合って。その人たちと一緒にお茶をつくって、こうしたらいいよ、ってアドバイスもたくさんもらって。昨年、初めて自分ひとりでお茶をつくるときはすごい不安だったんですけど、でも、教えてくれる人がいるからやっていけそう、と思って」

お茶農家の子どもらしく、小さなときからお茶は身近にあったという忠士さん。お茶を飲まない日はなく、「やっぱ、うちのお茶っておいしいな〜ってしみじみ思う」そう。

「自分でお茶をつくっていなかったころは『ふつうにお茶だな』くらいの感覚でしたけど(笑)、自分でつくったら、うちがどういうお茶をつくっているのかを知って、最後まで仕上げると、めちゃめちゃお茶がかわいくて。すごく愛おしい! いまは、これがなきゃだめだ!って。あはは!」

忠士さんのしばきり園で栽培している「峰」「山咲」「時鳥」。どれもみる芽を一芯二葉の手摘みで収穫。みる芽とは、まだ開ききっていない、くるんと丸まった新芽のこと。一芯二葉とは、先端のみる芽と開きつつある若い葉二枚という意味。

「うちが一芯二葉の手摘みにこだわるのは、味が全然違うから。なんだろ、味に雑味がないっていうか。手摘みがこんだけ長くできて、量もつくらせてもらえるのは、うちくらい。今年の『山咲』は全部売れちゃいました。今年はすごくよくつくれちゃったんですよ(笑)。去年は失敗したのもあって、今年は余計にうれしい」

「山咲」は色素が少ないせいか、本来は色彩選別機を通らない。しかし、去年のものは、色彩選別機を通過。つまり色が緑に近く、本来の黄金色ではなかった。最初に「失敗作」と言ったのはそういうことのようだが、その分今年の出来は自分の成長を実感させてくれたようだ。

「色は、摘む時期とか摘む大きさとかで変わるんです。今年は気をつけて、『山咲』を収穫して、色彩選別機を通したら、茎と葉が分けられないと結果が出た。それはすごいうれしかった。本当に集中して本気になればできるんだな、って自信がついて。収穫のタイミングもですけど、製茶したときの茶葉の形状をつくるのが、1年目はすごくむずかしくて。レジェントと比べると、『何これ?』ってなるんですよ。見た目がダサいっていちばんマズい。これからも次郎くんに聞いて、製茶と仕上げを数こなして学ぶしかない」

山の斜面に広がるのが忠士さんの畑。収穫が終わってからも畑の管理に追われる日々だという

目指すのは、奇をてらわず、王道のお茶づくり。「ふつうに、被せなどを行わない露地物の手摘みで、飲んだ人がうなるようなお茶をつくりたい」と力強く語る。

「本物になりたい、という感じなんで。俺は、就農したときからずっと、千利休みたいになりたいって思ってたんです。本気でお茶を淹れて、本物を味わってほしい。そのためにも今はぐりむで修行して、やることは曲げたくない」

自分のことは小さな声で話していた忠士さん。それが一転、お茶のことになるとハキハキと語っていた姿が印象的だった。忠士さんが次世代のお茶づくりを引っ張って、ゆくゆくは“レジェンド”と呼ばれる日もくるだろう。そうしてお茶文化が引き継がれていく。それでこそ、〈茶農家集団ぐりむ〉の目指す、明るい未来の茶産地が実現するということだろう。

杉山忠士|Tadashi Sugiyama
2000年、静岡県生まれ。清水の山間の集落、茂畑にあるお茶農家「しばきり園」園主。銘茶「山咲」は、白葉茶らしく旨味が濃厚だが、収穫量の少ない貴重なお茶。春になると畑一面が新芽の黄色に染まる様子は一見の価値あり。「茶農家集団ぐりむ」に所属し、茶畑の再生に力を注いでいる。
shibakirien.stores.jp

Photo: Eisuke Asaoka
Interview & Text: Akane Yoshikawa
Edit: Yoshiki Tatezaki

TOP PAGE