• 今年もお茶の波が来た! 狭山[奥富園]の2023年初摘みに密着
    <後編>深夜までつづく製茶工場を体験

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    2023年4月14日、埼玉県狭山市の茶園[奥富園]ではこの年初めてのお茶摘みが行われました。前編で振り返った通り、近隣の方々を中心に朝から手摘みが行われ、合計123キロ(目標達成!)のお茶の生葉が摘採されました。この日の手摘みを体験しながら取材させていただいていたのはCHAGOCOROの編集スタッフである、舘﨑(30代/男性/東京出身)、平木(20代/男性/静岡出身)、芦谷(20代/女性/東京出身)の3人。

    お昼休憩を挟んで向かったのは、畑から車で数分の距離にある[奥富園]の製茶工場(店舗や一部畑も同じ敷地にあります)。畑で摘まれてきた生葉をここで製茶していきます。

    今回も3人それぞれの視点から、深夜までつづいた製茶の様子を振り返ってみます。

    摘まれて間もなく、工場に運ばれてきた生葉。これが乾燥した茶葉へと加工されていく

    舘﨑 初摘みということで、製茶工場が稼働するのも初日。僕たちがお昼休みを取らせていただいていた12時半くらいから、機械の点検や余熱などの準備が進められていました。

    平木 準備を終えいよいよ茶葉を蒸す機械に入れる前に、奥富さんが機械一つひとつをお祓いしていたことが印象に残っています。奥富さんがお祓いを終えた後に、先代が「ちゃんとお祓い済ませたか?」と確認していたので、それだけ大切な準備なんだなと。

    芦谷 工場の天井は一般的な家屋の二階の高さくらいまであり、広い空間に感じました。自分の背丈よりも大きい機械や、大きなブラシのようなものがついている機械があったり、見ただけでは仕組みの想像が難しいような機械が並んでいましたね。

    摘まれてきた生葉はまず「萎凋いちょう槽」に入れられる。メッシュ地の底は床より高く設置されていて、下から空気が流れるようになっている。萎れてくると華やかな香りが少しずつ現れる。先代の康裕さんがタイミングを逃さないように、生葉の変化を嗅ぎ分ける

    舘﨑 [奥富園]の特徴とも呼べるのが、この萎凋(いちょう)という工程ですね。今回の「きらり31」は、品種特性的にまた青々しい初摘み新茶であることもあり、それほどしっかりと萎凋をさせない、とおっしゃっていました。それでも「すぐに蒸してしまうと香りが乗らない」と奥富さんが教えてくれました。昔と比べて今のお茶は香りがなくなったと言われることがあるそうなのですが、それは昔より管理方法が良くなって生葉を萎れさせずに作れるようになったということも一因じゃないか、と。

    芦谷 今年は萎凋のためのスペースを広げようと、萎凋専用のビニールハウスを新たに建てているそうです。茶葉を薄く広げ、それを乾かすための空気を下から送れるような台が置かれます。ビニールハウスにするのは、室温をあげると萎凋を早く行うことができるから。ただ、例年よりも今年は茶葉の生育が良かったために、ハウスの完成がもう少しというところで大変だと仰っていました。

    萎れ始めた生葉。少しくたっとしているのが見てわかる。摘みたての草っぽい青々しい香りに加えて、花や果物のような香りが立ってくる

    平木 取材の合間に工場に隣接している直売店で、奥富園の萎凋茶「ふくみどり」を購入したんです。取材以来ほぼ毎日飲んでるんですけど、柔らかな口当たりと華やかな香りで本当に飲みやすいんですよ。普通の煎茶とはまた違う味わいと香りで、萎凋茶の魅力がわかりました。もしかしたらお茶ビギナーの方には、萎凋茶の方が飲みやすいのではないかとさえ思いました。

    舘﨑 そして「蒸す」という工程のスタートです。お茶で「深蒸し」「浅蒸し」とよく聞きますが、まさにこの蒸す工程の加減によってお茶の仕上がりが変わってくる。蒸し機の中で100度の蒸気に当てられながら右から左に茶葉が流れていきます。

    平木 蒸す工程でお二人が見せたこだわりは個人的に圧巻でした。狭山は深蒸しの産地なので通常は90秒ほど蒸すそうなのですが、奥富園では手摘みの新茶は若蒸し(浅蒸し)と決めているため、最初、蒸し機の設定時間は28秒でした。そして28秒で蒸した第一便の茶葉の香りを確認したところ、奥富さんと先代が話し合って次は29秒で蒸すことになったんです。

     たった一秒の違いにどれだけの差があるのか想像もつかないまま、続く29秒で蒸された茶葉の香りを自分も嗅いでみたら、先ほどより青臭さが減っていたんです。じゃあこれが30秒になると、もっと香りが大人しくなってしまってダメだと。この日は29秒がベストだったんですね。その日の天候や茶葉の状態によって微妙に調整していかなければならない製造工程。確かなものが何もないところから、ひとつずつ不確かなものを潰していく茶づくりの繊細さに感動したシーンでした。

    芦谷 新茶特有の香りを活かすため、蒸し時間を短時間にしているんですね。茶葉の良さを最大限発揮できるよう、工夫されているんだなと思いました。

    蒸し機から出てきたところ。例えるなら、下茹でしたほうれん草のような感じ

    舘﨑 蒸した茶葉はカゴに入れ、台車に乗せて向かいの工場へ。そこで「粗柔(そじゅう)」「揉捻(じゅうねん)」「中揉(ちゅうじゅう)」「精揉(せいじゅう)」それから「乾燥」という各工程を踏んでいきます。各工程おおむね1〜2時間かかるので、ここからが長い戦いの始まりでしたね。

    平木 奥富さんはほとんど立ちっぱなしでそれぞれの工程の様子を丁寧に確認していたので、すごい体力だなと思いました。自分は見ているだけなのに疲れてしまって、しまいには腰も痛くなりました(笑)。

    芦谷 機械に茶葉を投入してからも、茶葉の状態をみて機械を操作するから、ずっと見ておく必要があるんですね。早朝から畑作業をした後に続くと思うと、とてつもないエネルギーが必要です。しかもこれを新茶時期の1カ月半程度ほぼ毎日続けられるとは、脱帽です。

    製茶工場を奥から見るとちょうど2枚の写真のような具合。
    右の写真、奥富さんが覗き込んでいるのが粗揉機。その手前が揉捻機。
    左の写真、手前が中揉機、奥が精揉機。4つの機械を順々に茶葉が進んでいく

    平木 「粗揉」では前半は蒸した茶葉を乾かすこと、後半は揉み込むことを重点に置くので、湿度を繊細にコントロールすることが求められます。

    舘﨑 粗揉機の中では回転する“揉み手”が茶葉に圧をかけています。手にとってみると、濡れた粘土のようなねっちりした感触でした。

    平木 奥富さんは手揉みもやっていて、今回の機械製茶の前に一度手揉み製茶も行なったそうです。そこで「今年の茶葉は水分量がそれなりにあって、茎がすごくしっかりしている」ということがわかったそうです。なので茎を潰すためにちゃんと揉まなければならないと。そうした手揉みをやっているからこそのフィードバックも活かして、風量や温度、湿度の微妙な調整も行っていました。

    芦谷 茶工場の機械が稼働し始めると、一定のリズムで各機械から音が聞こえます。「ガシャンガシャン」「ウィーン」という音が耳に残っています。加工も後半に差し掛かると「茶ぼこり」と呼ばれる茶葉から出る細かい粉が空気中を舞い、まさにお茶の香りがますます工場に満ちていきましたね。

     機械を使っているものの、五感を駆使していることに驚きました。先代の康裕さんが「湿度が上がってきたな」と呟いたとき、実際に乾湿計を確認してみると3%くらい上がっていたんです。私はそんなことには全く気が付かず。康裕さんはその後送風の温度を調節していました。機械には茶葉の水分量を計る計測器が付いているものの、それだとワンテンポ遅れてしまう。だからそこでも、肌で触って茶葉の状態を感じることが大事なんだ、とお話しされていました。

    揉捻機は旋回運動する円筒形の胴の内部で茶葉に圧力をかけて揉み込むことで、葉と茎の部分などの水分量を均一にする働きがある
    中揉機。右手にある投入口から茶葉を入れる。回転ドラムの中には熱風が送られて茶葉を乾燥させていく
    今回使用した機械の容量は30キロという中小規模。もっと大きな規模だと全てラインでつながっているが、今回の場合、機械間の茶葉の移動は手作業で行われた
    精揉機はカタンカタンと音を立てながら動く機械仕掛けが見ていて楽しい。中心から水分を揉み出しつつ乾燥させることで、形状と色ツヤがよくなる
    生葉と精揉機から取り出した茶葉を比べてみる。同じ品種、同じ日に摘まれたものがこんなにも変化するのだ

    舘﨑 123キロの生葉は数バッチに分けられて次々と工程を進んでいきますから、機械も奥富さん親子も止まらずに作業がつづきます。気がつけば日が暮れていて、お夕飯でつくっていただいたカレーライスや筍と里芋が滲みましたね……。

    平木 [奥富園]さんの温かい心遣いに本当に感謝です。もう周辺は真っ暗で静かで、工場だけが稼働している中で食べるご飯はなんだか趣があって、とてもいい時間でした。なんだか久しぶりに、”食事”っていいなと思いましたね。

    芦谷 お母さん方の支えもあって、家族でお茶をつくられているんだなと思いました。雅浩さんと康裕さんは、親子同士で喧嘩になるようなことはないのかな、と思い伺ってみると、16〜7年前から一緒に製茶をするようになったけれど、お茶に関してはずっと真剣に“喧嘩”をしているような間柄だそうです。雅浩さんによると、先代が言葉で伝えようとする感覚を、どのようなことを指しているのか理解するところに難しさがある。父が持つ感覚を知るためにも、雅浩さんは他の方の工場を見学する機会をもつことも大事にしているそうです。

    透気式乾燥機は熱風で乾燥させる機械。段によって熱風のあたり加減が異なるため、途中で棚をローテーションしてムラが出ないようにする
    乾燥を経て、ようやく出来上がった「荒茶」!

    舘﨑 最初のバッチが乾燥までを終えたのが21:30ごろでしたか。こうして一通りを見る機会はとても貴重でした。いかがでしたか?

    平木 蒸し機に茶葉を入れたのが確か14時ごろでしたもんね…。摘み取った茶葉が煎茶になるまでの工程自体は知っていましたが、それを実際にリアルタイムで追ってくと、本当に大変な作業なんだなと実感しました。

     常に茶葉の状態を確認しながら、最適なアプローチを探していくことが求められる仕事です。それってつまり“やり方に正解がない”ってことなので、すごく怖いことでもあると思うんです。やり直しがきく工程なんてどこにもないですから。でも奥富さんは「毎年新しい発見があって、これで完璧だと思ったらまだその先があることがわかる。それが面白いんです」とおっしゃっていて。道を究める人の凄みを感じた瞬間でした。

    芦谷 普段お茶を飲むと、茶葉によっていろんな個性があって、それはどうしてだろう、と気になっていました。今回一通り見せていただくと、収穫日の一日だけをとっても「いつ摘むか」「どう摘むか」「どれくらい蒸すか」「どれくらい火を加えるか」など無数の選択があることを実感しました。だから農園さんごと、あるいは同じ農園さんでも商品ごとに味が全然違うのは当たり前だなあと改めて思いました。一番茶の加工をする大事な一日の密着中、奥富さんが親身になって取材に応えてくださったこともありがたかったですね。

    毛茸もうじとよばれる新芽特有の“産毛”が浮かぶ、色味よし香味よしの一杯

    舘﨑 13時間待ち望んで飲んだお茶というのは人生初でした。新茶らしい爽やかさがありながら旨味がしっかり乗っていて、とても美味しかったですね。

    平木 一日がこのお茶に凝縮されていると考えると感慨深かったですね。出来立てほやほやの新茶はとても優しい色味と香りでした。個人的には思っていたよりしっかりとした旨味も感じて、味わうことが楽しくなるお茶だと思いました。

    芦谷 おいしかったですね。蒸した直後の茶葉から感じたはっきりした香りを想像して飲んでみたら、思いのほか味も香りも柔らいと思いました。新茶の香りは真空パックに詰めても夏前くらいまでしかもたないのだとか。貴重な一杯でした。

    舘﨑 奥富さんたちはこの後も深夜すぎまで、この日摘んだ茶葉を蒸して揉むという工程をつづけていらっしゃいました。本当に頭が下がりますし、仕事の現場を見るとかっこいいなと思いました。皆さんにもぜひ新茶を味わってほしいと思います!

    奥富園|Okutomi-en
    埼玉県狭山市で江戸時代より続く茶農家。当代の奥富雅浩さんは15代目。畑から製造・仕上、小売までを一貫して行う『自園自製自販』のスタイルで、一つ一つのお茶を丁寧に作っている。2021年度の全国茶品評会では農林水産大臣賞を受賞した。
    https://okutomien.theshop.jp(奥富園 オンラインストア)

    Photo by Taro Oota
    Text by Rihei Hiraki, Hinano Ashitani & Yoshiki Tatezaki
    Edit by Yoshiki Tatezaki

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