• ようこそ、福田さん家の
    気のおけないお茶会へ
    <後編>

    2019.11.08

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    お茶を通じ、人と人とがつながるひととき

    9月某日、福田春美さんの自宅兼事務所、通称『hamiru亭』で開かれたホームパーティー。いよいよこの日のメインイベントである、山本真理子さんのお茶会がスタートした。食事の最中は、わいわいと話に盛り上がるテーブルの中で、どちらかといえば聞き役に回っていた山本さんだが、道具を並べてお茶の支度を始めた瞬間、表情がきりっと引き締まる。にぎやかな食事の時間から一転、どこか凛とした空気に包まれる室内で「とうとう真理子先生のお茶がいただける!」と、福田さんは変わらずワクワクした表情だ。

    「まずは食後でも味がわかるものからいれましょう。福建省福州のジャスミン茶。今年8月に現地で買ってきたものです。ジャスミン茶は、茶葉とジャスミンの花を一緒に寝かせて乾燥させて、という工程を数回繰り返してつくられるもの。ギュッと締まったつぼみはまだ香りがないので、少しフワッとしてきたつぼみを選んで摘み、花が開いてくる夜にタイミングを合わせて花と茶葉を合わせます。ペットボトルでも売られているほど有名ですが、実は結構、大変なお茶なんですよ」

    沸かした湯で茶杯を温めながらそう話す山本さんの言葉に、静かに、でも大きく頷く3人。福建省の山奥で、ジャスミンの花を注意深く摘む女性たちの姿をそれぞれに思い浮かべながら、視線は、山本さんの美しい所作を目で追っている。まずは香りからと、手渡された杯を鼻に近付けながら、一同うっとりとした表情に。後に供された茶を味わえば、ジャスミン茶特有の華やかな香りの奥に、しっかりとした緑茶の旨みが感じられる。「ああ、おいしい」と、皆、満面の笑みだ。

    台湾に暮らしたことがきっかけでお茶に出会い、茶藝館[小慢]で4年間働いたという山本さん。オーナーの謝小曼さんは、台湾茶の世界ではカリスマといわれる人物で、山本さんは帰国後も小曼さんの右腕として、日本各地で行われる茶会のサポートをし、東京教室で講師を務めてきた。茶葉に関する知識と狙った味を引き出す扱いの正確さ。茶器選びのセンスと、一煎目、二煎目で変わる香りや味の楽しませ方。柔らかな語り口で語られるのは、理論だけではなく、茶葉や茶にまつわるストーリーで、ゲストをリラックスさせながら、深いお茶の世界に引き込んでいく。

    2つ目のお茶は、高級台湾茶・阿里山茶の2013年もの。自然農法で栽培された茶葉に元々派手さはなく、6年の熟成期間を経てさらに丸い味に。どこかフルーツを思わせる香りも魅力だ。茶器は、益子を拠点に活動する郡司庸久さんのもので。

    「どうですか、茶器はお茶の味のイメージと合っていますか?」と、山本さん。
    「柔らかな茶杯の口当たりは、ほっこりした味のお茶にぴったりだと感じました」と、福田さんが答えると、「よかった、ありがとうございます」とにっこりした笑顔で応えた。
    草場さんが「舌においしさがいつまでも残るように感じます」という感想を口にすると、「そう。次のお茶を待つまで口の中が寂しくないんです」とのこと。

    「私はお酒をあまり飲まないので、長い時間、テーブルにいるのが少し手持無沙汰に感じることがあるんですが、今日いただいた阿里山茶のような余韻の長いお茶は、そういう場面にいいかもしれないですね」

    福田さんのその言葉を聞いて、「その通り」と笑顔で返す山本さん。知識ではなく感じたままに、暮らしの中に生きる自分なりのお茶の楽しみ方を見つける福田さんの様子を見て、二煎目をいれる表情も嬉しそうだ。

    楽しい時間は瞬く間に過ぎ、いよいよ最後のお茶に。いれながら「梅山さんは飲んだことがあるはずよ」と、山本さん。「やだ、飲んでわからなかったら困るわ」と笑う梅山さん。

    最後の茶葉はなんだろうと期待する3人に、早々に答えが明かされた。熟成プーアール茶。これまでの2種類とは段違いの液色の濃さ。黒を帯びた深い茶色の液体が、女性の絵が描かれた繊細な白磁の器に映える。

    「ふちにカーブのある茶器は、一口目から口の奥に入り、まったりとした味わいに。お喋りを楽しみながら、ずっとゆっくり楽しみ続けられるお茶を最後に用意しました。煎も効くし、煮出してもおいしく飲める。助かるお茶です」

    これまでの2種とは違う、濃厚で深い味をじっくりと味わう3人。お茶会が始まり、一瞬、わずかな緊張感を帯びた室内の空気は、すっかりリラックスした雰囲気に。

    「お茶って、同じ茶葉でも、自分でいれるのと人にいれてもらうのとでは味が変わりますよね。真理子先生のお茶は、どこか優しい。改めておいしいなあ、と感じます」

    3人の中で、山本さんのいれるお茶を一番、たくさん飲んだ経験がある梅山さんが、しみじみとした表情でそう話す。

    福田さんが「なんだか私、酔っているみたいな気分」と言うと、「お茶の中には、そういう気分にさせるものがあります。熟茶もそのひとつですね」と、山本さん。 

    「予備知識ゼロで皆さんと一緒に楽しめるか少しだけ不安だったのですが、どのお茶も驚くほどおいしくて、とても楽しかった。好きな茶器を買いそろえて、気分に合わせたお茶を家で楽しんでみたくなりました」と、草場さんも大満足の表情。

    茶道のお点前は主客あってのおもてなしだが、中国茶、台湾茶の茶会は、集い、楽しむもの。年齢も職業もバラバラ、誰もが誰かと初対面という4人が、お茶を介してすっかりなごんだこの日のホームパーティーの時間が、その証に。誰もが名残惜しそうな表情で、愉快なお茶会は幕を閉じた。

    Photo: Tetsuya Ito
    Text: Kei Sasaki

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