寿司店・酢飯屋と八女茶くま園による「一魚一茶」<前編>
2019.11.22 茶と食
- ほうじ茶
- 抹茶
- 煎茶
- 玉露
- 碾茶
- 東京
- 福岡
東京メトロ・神楽坂駅を出て、神楽坂通りを少しのぼっていく。メインストリートを逸れて裏路地に入ると、そこには石畳が広がり、黒塀の日本家屋が立ち並ぶ「かくれんぼ横丁」がある。その細い路地をさらに進み、突き当たりのかくれんぼ横丁会館を見上げると、目的地である日本茶と発酵フルーツの店[VERT(ヴェール)]が見えた。
もともと神楽坂の別エリアで2022年にオープンした[VERT]は、2024年の11月にこの場所に移転してきたばかり。入居するかくれんぼ横丁会館は白い外壁に粋な黒塀がよく映える2階建ての建物で、木材の温かみに和を感じる。脇には飛び石が置かれた庭まであって、抜群の雰囲気だ。
[VERT]は建物の2階。戸を開くとまず自然光が入る明るい空間。ここはレセプションルームになっていて、コース開始の時間になると奥の客席へと案内される。
右手奥へと進むと背の低い扉があり、かがんでくぐることになる。先ほどの明るさとは打って変わって、照明を落とした客室はグレーを基調に落ち着いた雰囲気。作業台の後ろには炭台まであり、パチパチと炭が爆ぜる音が静かに響いている。「今からここで何が始まるんだろう?」と気持ちが高揚する光景だ。
長年パティシエとして活躍してきた田中俊大さんが、「日本茶のおいしさを多くの人に広めたい」という思いで開いたのがここ[VERT]。完全予約制のコースは、汲み出しからはじまってデザートとお茶をそれぞれ6~7品、〆のご飯ものとお茶、抹茶と茶菓子という流れで構成される。
特徴は、日本茶を一つの食材としてとらえ、その持ち味をもっとも生かすことのできる表現をデザートに限らず探求していること。デザートと日本茶はセットで提供され、時には液体として、時には個体として、あらゆる形で日本茶が登場する。
「アシェットデセール(目の前のカウンターでデザートを仕上げて出すスタイル)のお店とか、デザートと日本茶のペアリングのお店という言葉を使われますが、僕自身はあんまりその呼び名にしっくりきていないんです。そこで、コースには『茶湊流水』と名付けました。四字熟語の“行雲流水”をもじっていて、『人や文化が行きつく場所(=湊)で、水が流れるように気ままにお茶を楽しもう』という思いを込めています」
長髪を束ね、黒の作務衣を着た田中さん。店のコンセプトを説明しながらさっそく最初の一杯に取り掛かってくれた。汲み出しは、長崎県・東彼杵[東坂茶園]の無施肥無農薬栽培のやぶきただ。
急須に熱湯を注いで茶葉を蒸らし、抽出したお茶を急須から一度茶海に出す。そしてそのお茶を急須にもどし、最後に振り子のように急須を優しく振ってから再度茶海に注いだ。
「最初は“特別な一杯”です。日本茶といえば煎茶というのが自分のイメージなので、1杯目は煎茶で、旨味が濃厚なものを。最初の一杯から熱すぎるとちょっと飲みにくいので、二度繰り返して淹れることで液温を下げました。この淹れ方は、茶葉の味わいがしっかり出るので気に入ってるんです。急須を振るのも、無施肥無農薬のお茶はこう淹れるのが合っている気がしてるから。淹れ方はお茶屋さんに聞いて見て学んで、自分でも研究していますね」
お茶と同時に提供されたのは、イチゴ大福(ルージュロワイヤルというバラ、Heart & Berryのとちあいかを使用)。もちろんただのイチゴ大福ではなく、田中さんの工夫が光る一品だ。いわゆる“フルーツ大福”の、フルーツのみずみずしさと求肥のテクスチャーのアンバランス感を、発酵イチゴを使うことで解消。バラも1週間発酵させて白あんとともに求肥で包んだ。口に含むとバラの香りがふわっと立ち上がり、ほどよく水分が抜けたイチゴと求肥がうまくまとまっている。
イチゴ大福と、[東坂茶園]の無施肥無農薬栽培のやぶきた
「日本茶を前面に出していますが、僕がパティシエとして長くやってきたという経歴もあって、デザートを目的に来てくださる方が多いです。そんな方々に、『あ、日本茶っておいしい。デザート屋さんだけど、おいしいお茶が飲めるのね』と思ってほしい。ひと口飲めばおいしさが分かるお茶とオリジナルのお菓子で、まずコンセプトを伝えています」
次に出してくれたのは、福岡・八女の玉露白折ベースの水出しブレンド。田中さんのシグニチャーだという、時季のフルーツの水羊羹とともにいただく。涼しげで美しいキウイの水羊羹は、発酵させたフェイジョアの清涼感のある香りと酸味がアクセントになっている。
「このキウイは玉露の生産者・城昌史さんがつくったもの。同じ土地で同じ人がつくった食材は親和性があるので、この発想はよく使うんです。お茶は、八女伝統本玉露の白折に、山椒のような香りがする辛夷と、大葉をブレンド。食材の色と爽やかな風味のレイヤーを重ねました。そして、水出しは基本12時間冷蔵ですが、このブレンドは香りの輪郭をよりシャープに出すために2時間だけ抽出します」
食べて分かる味や香りの重ね方の妙もさることながら、話しぶりからお茶への研究意欲と熱意が伝わってくる。日本茶にまつわる知識量はパティシエの域を超えているように感じ、どのように学んだのか気になっていたところ、疑問に答えてくれた。
「お茶のことはすべてお茶農家さんを訪ねて教わりました。品種も淹れ方も最初は本当に何も知らなくて。僕ね、恥ずかしいんですけど、ほうじ茶ってはじめから茶葉が茶色だと思っていたんです。そのレベルですよ。ゼロから飛び込んでいったので」
3品目に出してくれたのは、日本料理のようなたたずまい。砕いた麩と茶殻を混ぜてエビイモにまぶしてカラッと揚げ、トリュフオイル、タケノコの皮、発酵キンカンの皮をあしらった、まるで料理のような1品だ。
「チョコレートを入れてもおいしいですがデザートとして完成しすぎてしまうので、コースの流れ的に抑えました。この品に限らず全体的に加糖は抑えめです。それも日本茶の繊細な味わいを邪魔しないため。大切なのはそこなので。僕が作るものがデザートなのか料理なのか、どう感じるかは食べ手に委ねます」
このエビイモは京田辺の茶園[山下新壽園]がつくっているもの。合わせるお茶はそうした背景要素もつながる一杯。京都・宇治白川[辻喜]の碾茶「あさひ」と[山下新壽園]の玉露を3:1の割合でブレンドした「碾玉」の水出しだ。「玉碾」とは、京田辺[祥玉園製茶]の茶師・小林裕さんが自社園の玉露と碾茶をブレンドして生み出したお茶で、2016年の伊勢志摩サミットでも供されたという逸品だが、田中さんはそうしたストーリーを京都のお茶屋から知り、大胆にカバーしている。最初に感じたのはフルーティーな碾茶の香り、舌に残るのは玉露の風味。このお茶の旨味は飲みものというより、だしや料理のソースに近く、フルーティーながらも磯っぽい風味は、魚介と相性の良いエビイモと本当によく合う。
さらに3組のペアリングを堪能し、さらには〆としてご飯ものと味噌汁まで、あっという間だが濃厚な食体験を終えると、隣にある茶室へと移動し、抹茶を点てていただける。
「今日は長崎県・東彼杵[大山製茶園]の「SONOGI抹茶」です。ミルクチョコレートみたいな風味がして、おもしろいんですよね。抹茶を飲んだらキマっちゃうんでしょうね、何時間もいらっしゃる方も多いです。作法を気にされる方もいらっしゃいますが、ここでは気にしないで大丈夫、とお伝えしています。気楽に楽しんで、『日本茶っておいしいね』って思ってもらえるのが僕は一番嬉しいです」
抹茶を点てる田中さんの姿に惚れ惚れさせられながら、メニューや空間づくりをはじめ、型に縛られない創意工夫には“表現者”という言葉がよく似合うと思う。その雰囲気にのまれて茶碗を前にするとつい緊張しそうになるが、そんな話を聞いてほっと気が緩んだ。
「ここで感じてもらいたいことは日本茶の魅力です。この店をはじめるきっかけになった、『日本茶ってすげえ』という感覚が、僕の中で今までずっと続いている。その感動を、スイーツを作ってきた経験やその技術を使って多くの人に伝える。それが僕にできることだと思っています」
「デザートを切り口に、日本茶を広める」。田中さんの力強い言葉と、彼がここまで見せてくれた品々に込められた思いがつながった瞬間だった。田中さんを新しい挑戦へと向かわせた日本茶との出会いと、これまでの歩み。そして、どんな思いでこの先を走り続けていくのか、その動向からは目が離せない。続く後編でさらに迫ってみよう。
田中俊大|Toshihiro Tanaka
福岡県出身。デザートバー[Janice Wong(ジャニス・ウォン)]やグラスデザート専門店[L’atelier à ma façon(ラトリエ・ア・マ・ファソン)]などの名店で研鑽を積み独立。2022年、神楽坂(新宿区津久戸町)に日本茶を織り交ぜたデザートコース専門店[VERT]を立ち上げる。2024年11月に現在の神楽坂3丁目に本店を移転し、津久戸町には浅草から[VERTはなれ]を移転オープン。
VERT|ヴェール
東京都新宿区神楽坂3-1 かくれんぼ横丁会館201
完全予約制
2025年1月より14時/19時の2部制、価格は23,000円(税込)
(予約はTableCheckから)
https://www.instagram.com/vert_jpn
Photo by Mishio Wada
Text by Nanako Aoki
Edit by Yoshiki Tatezaki
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内容:フルセット(グラス3種、急須、茶漉し)
タイプ:茶器
内容:スリーブ×1種(素材 ポリエステル 100%)
タイプ:カスタムツール