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2020.09.15

日常に日本茶と余白の時間を
[余珀]の正垣夫妻 <前編>

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小田急線の登戸駅から徒歩3分。住宅街の中にある一軒家に[お茶と食事 余珀]はある。

築40年の一軒家。まず目に入るのはきれいな水色で洋風のドアだ。ドアを開けると、ところどころに日本家屋の古い建具を残しながら、リノベーションが施された空間が広がる。古民家のようでもあるし、洋風モダンでもある。凛とした佇まいのこの空間で、2020年3月にオープンしたのが[お茶と食事 余珀]だ。

予想できない状況に対応しながらのスタート

迎えてくれたのは、正垣克也しょうがきかつやさんと正垣あやさんご夫妻。もともとおふたりは西荻窪の[Organic Cafe ゆきすきのくに]で2020年1月まで働いていて独立し、2020年3月に登戸で余珀をスタートさせた。

克也さんは「2016年から3年くらい西荻窪のカフェで働いていて、お茶に限らずコーヒーや、ハーブティーを出していました。デリの定食も出していて、豚丼と鹿カレーもありました。わたしたちが働き始めてからは煎茶や抹茶も出していましたが、メインではなくて」と当時を振り返る。

2020年2月に独立、同月に登戸に引っ越して、3月22日にはプレオープン。ふたりがオープンに向けて慌ただしく準備を進めていた中で、奇しくもCOVID-19による国の緊急事態宣言が4月7日に発令された。

「3月22日のお披露目会では、SNSで告知をし、前々日に貼った貼紙を見つけてくれた人、近所でたまたま歩いて見つけてくれた人など、来てくれた人にお茶と焼き菓子をふるまいました。そのあとはなかなか営業の目処がつかず、4月15日からテイクアウト営業をはじめました。6月からようやくイートインを予約優先ではじめて、いまは12時から16時という短い時間で営業しています」(夜は予約制で18時から20時まで営業)。

料理は主に妻の文さんが担当している。「茶殻の佃煮や、ふりかけなどは夫が作っています。お料理全般と焼き菓子は私の担当です」。ふたりで仕込んでいるという「余珀ベジカレー」と、定番の「余珀デリ定食」がお食事メニューの中心。取材をした当日もカレーのスパイシーな匂いが漂い、食欲をそそられた。ご用意いただいた「余珀デリ定食」は、彩りの綺麗な季節の有機野菜が本当に美味しい!

この日の「余珀デリ定食」は、ナスのみそ炒め、大根のアチャール、人参のナムル、ポテトサラダ、小松菜の胡麻和え、カボチャの豆乳スパイス炒め。真ん中はモロヘイヤときゅうりとトマトの和えもの。お茶はお食事セットにすると100円引き。有機野菜たっぷりで、お腹いっぱい

「余珀」に込めた3つの想い

「余珀」という店名は、余「白」ではなく余「珀」。この店名にはどんな想いが込められているのだろう。文さんは次のように教えてくれた。

「このお店のテーマは、『日常に日本茶と余白の時間を』です。余珀という店名に込めた想いは3つありまして、1つ目は、漢字の『白』を使った『余白』。日常の煩わしいことやノイズから離れたような、静かな余白の時間や、自分と向き合う時間があったらいいなということ。

2つ目は琥珀の『珀』という字。琥珀は樹液が時を経て宝石に変わっていったものです。琥珀のように、この空間で時を過ごすことによって、その方々に光が宿るような、人生の輝きが増すような時間になったらいいなという想いを込めました。

3つ目はお茶です。夏目漱石の『草枕』の中に、「朱泥の急須から、緑を含む琥珀色の玉液を、二三滴づつ、茶碗の底へしたたらす」という表現があり、日本茶と琥珀が結びつきました。さらに、日本茶にはすっきり覚醒しつつリラックスもさせる両方の作用があるので、余白の時間に日本茶があると、より良い内省の時間となるのではと思っています。

私たちもお茶に助けられた経験がありますし、お茶によって人生が変わったと思っているので、お茶がそんな風に時間に寄り添ってくれたらよりいいなと思って、このような店名にしました」

余珀のメニューにある日本茶の多くが無農薬やオーガニック栽培のお茶。急須で淹れる温かい煎茶を注文すると、2煎目以降は自分で淹れることができる

一番大事な人と長く過ごすために

この日、克也さんが淹れてくれたお茶は、滋賀・信楽「茶のみやぐら」の朝宮煎茶。農薬と化学肥料を一切使用せず自然に近い環境で育てた特別な茶葉だ。

「お茶はどんな感情にも寄り添ってくれる飲み物だと思っています。怒っているときでも、嬉しいときでも、悲しいときでも。飲むと気持ちがニュートラルになるので、会社員時代からお茶を飲み始めていましたがいつからか毎朝出勤前にお茶を飲む習慣ができていました」

文さんがこう話すように、ふたりは2016年春まで、それぞれ一般企業に勤める会社員だった。克也さんは「夫婦ふたり、結果的に同時に会社を辞めようと決めたのは2015年です」と言う。

同時に会社を辞めたふたり。文さんはその理由を次のように言う。

「別に会社に不満があったわけではありません。きっとこのまま安定して生活が続けられることもわかっていました。会社員をしていたときも、それなりに幸せでしたが、『時間は命』なので、それをどう使うべきかを考えたんです。

24時間、誰と長く過ごすのが自分にとっていいのか。一番大事な人と、これから先、どれだけ長く過ごせるのかが大事なことだと気づきました。ふたりでいる時間をできるだけ長くしたい。それができる生き方をするにはどうしたらいいのかを考えました。そのためにも、一度、会社を辞めて立ち止まって考えてみようと。先のことを何も決めないで会社を辞めました」

アメリカのお茶シーンを体験

会社を辞めたふたりは、38日間、アメリカを旅した。

「ポートランドに行って、ニューヨーク、そのあとはセドナとハワイに。[MatchaBar]がブルックリンで流行っていたので、アメリカでは日本茶がどういうふうに受け入れられているかを見たり、各都市で野点をして遊んでみたりしました」と、克也さんは長旅を振り返る。

旅先にいつも持っていくという野点セット。茶碗は木製、茶杓は半分に分解して収納できる機能的な茶道具セット

アメリカでは、意識しなくても自然にお茶のカフェ巡りをしていたというふたり。

文さんは「味が少し薄い抹茶がカフェオレボウルになみなみと入っていて驚きました。煎茶も、そのまま出てくるのではなく、フレーバーがついているものが多くて。ハーブと合わせたり、MatchaBarだとスイカジュースと合わせるとか。新鮮でしたね」と、ふたりが体験したアメリカのお茶シーンを振り返る。

お茶と向き合う日々

会社員時代もお茶を飲んでいたというふたりだが、本格的に習い始めたのは、会社を辞めようと決意した2015年から。

克也さんは「ちゃんとしたお茶の知識と飲み方を自分たちなりに勉強し直しました。それまではお茶の淹れ方も意識していませんでした」と言う。

文さんも「初めてちゃんと淹れたお茶を飲んだときはびっくりしました。お茶でこんな世界観が作れるのかと。茶器ひとつをとっても印象が変わるし、お茶を取り巻く文化が興味深く、美しいものなので、とてもいいなと思いました」。

この日、余珀に掛けられた掛け軸は江戸時代の臨済宗古月派の禅僧仙厓義梵せんがいぎぼんの「これ食うて茶のめ」。おいしい食事とお茶が楽しめる余珀にぴったりな言葉だ。

克也さんは「一目でわかるレプリカなんですけどね」と笑いながらも、次のように説明する。

「でも、そういう力の抜け具合が自分たちのスタンスに合っていると思うんです。わたしたちの店は、2つのキーワードがあると感じています。一つはシンプル。シンプルに素材の味を食べてもらいたい、シンプルにお茶の味を味わってもらいたいということです」

「シンプル」ともうひとつ、「バランス」も重要だと克也さんは言う。

「もともとこの物件は、オーナーさんが海外80カ国行ったことがある方で、西洋の照明がついていたり、アメリカのバスケットコートの床が壁になっていたり。カウンターもジムビームというウィスキー工場の200年前の廃材をフグレンコーヒーで染めたもので、いたるところに西洋の要素が入りながらも、和を残しているのが特徴です。

完全に和になりすぎても、西洋の要素をたくさん入れても日常と離れすぎてしまう。余珀は日本のものも海外のものも、古いものも新しいものも取り入れて、日常と非日常の要素が両方入るようにつくりました。

日常にお茶をもっと取り入れてほしいという想いがあるので、ある程度の非日常感がありつつも、かと言って非日常になりすぎない、『バランス』を意識しています」

後編では、店内にある別のお部屋に移動して、おふたりにお茶を淹れていただきながら、お茶への想いについてより深く聞いていきます。

正垣克也・正垣文|Katsuya & Aya Shogaki
2020年3月、登戸にオープンした[お茶と食事 余珀]の店主夫妻。趣味の美術館巡り、食巡りを通じて建築家・堀口捨己の建物の中で北大路魯山人の器を用いて食事をした体験から日本の文化・美に傾倒、お茶の世界に入るきっかけとなる。自然派茶道「星窓」で茶道を学ぶ。ふたりともに「七人のちゃむらい」のメンバーとして活動する。
instagram.com/yohaku_japanesetea_cafe (余珀)
instagram.com/seven_chamurai (七人のちゃむらい)

Photo: Yu Inohara
Text: Rie Noguchi
Edit: Yoshiki Tatezaki

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