• 自分の名前を背負って
    全身全霊お茶をつくる
    杉山貢大さん

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    静岡県清水に若手のお茶農家たちが営む〈茶農家集団ぐりむ〉がある。社長は “お茶を愛し、お茶に愛されたい男” 片平次郎さん(先日の記事はこちら)。彼のよき相棒が、ぐりむの副社長を務める杉山貢大みつひろさんだ。ぐりむのこと、そして自身の農園「杉山貢大農園」でつくるお茶への愛について話を伺った。

    美しく開く浅蒸し茶葉を見てほしい

    「まずは、うちのお茶を飲んでください。これは品種で言うと『さえみどり』。12日間、紫外線を遮るようにネットでかぶせをして色と味をよくした、わが家の最高のお茶になっています」と言いながら杉山貢大さんが取り出したのが、「芽重がじゅう仕立茶 貢大」と書かれれた緑茶。

    「ぼくの名前ですよ。全身全霊を打ち込んだお茶だから、自分の名前をつけました。フェラーリやグッチ、エルメスだって自分の名前でしょ? 同じです(笑)」

    ぐりむの副社長を務め、自身でも「杉山貢大農園」を営む杉山貢大さん。逞しい体躯は、日々畑でお茶づくりに励む証。

    貢大さんは手ぎわよく、ガラスの器を並べていく。あれ? ガラス? 冷茶でもないのに?

    「だいたい、いっつも、ガラス、ですね。茶葉を見て欲しいんですよね。ぼくは浅蒸しのお茶をつくっているんですけど、急須に茶葉を入れてお湯を差しますよね。蒸らす間に、ほっそりした茶葉が生葉ようなの状態に戻っていく。とてもいいシーンなのに、焼物の急須だと見れない。見るならふたをあけて、わざわざ覗き込まないといけない。いやいやいや、浅蒸しの見所はこの過程でしょっ! 葉っぱにこだわってつくったんだから、広がる葉っぱを見てもらいたいのに、焼物を使ってわざわざ見えなくするのはちょっと……。だもんで、ガラス」

    しかも急須ではなく、直接、器に茶葉を入れている。

    「ええっと、このまま啜ってもらうって感じですね。ガラスの急須があれば最高なのに。探しても中国茶用しかない。ガラス職人の友だちでもいれば、つくってもらうんだけど、いないしなあ」

    豪快に笑いながらも、作業する手つきはていねいだ。湯を、茶葉のひたひたより、ちょっと多いくらいに注ぐ。キレイな濃い深緑色の茶葉が、お湯を吸収して開いてくると、鮮やかな黄緑色に変わっていく。

    「ずっと見ていてください。お湯のなかで葉がゆっくりですけど、上下に動いて、だんだん開いていく。これを見て欲しいんです。外側から黄緑になります。浅蒸しは葉っぱに戻るじゃないですか。その過程ってキレイだと思うんですけど、みなさん、あまり見せようとしないんですよね。とくに、この『さえみどり』は非常に緑がキレイなのに、見せないのはねえ……」

    美しさに気づいている人がいないってこと?

    「お茶業界の人だと当たり前すぎて、素通りしてしまう感じかな〜。自分が前にいた茂畑共同製茶工場は、深蒸しをつくっているんですけど、ぼくは浅蒸しをつくりたくて共同工場を辞めたっていうのもあって、浅蒸しはこれでしょ、ってこだわりがあるんです。これを見せないのは損だよなあ。そろそろすすってみてください。大丈夫だと思います。色が黄緑になったということは、葉っぱが開いたよ、ということなんで、味も出ているよ、ということなんで。葉っぱも食べれますよ」

    すごい。丸くて甘い。とがっているところもザラザラしているところもなにもない。旨味がギュっとしている。

    「2煎目もいかがですか。『貢大』は芽重仕立てといって、1本1本の芽が分厚くてしっかりしてるもんで、何煎も味が出る高品質なお茶になるんですね。それがわが家のお茶です。ていねいに淹れれば8煎目まで飲めるとも言われていて。香りは薄くはなるけど、ずっと味が出ている。いまや急須でお茶を飲むのは、好きな人だけ。そういう人がわざわざぼくのお茶を買ってくれたのに、1煎目しかおいしく飲めないというのが、すんごいイヤなんですよね。2煎目はなんも味がないお茶は残念じゃないですか。せっかく急須で淹れるのだから、長い時間、楽しんでほしいんです。ぼくのお茶は、芽重を極めてつくっていこうという感じですね」

    貢大さんがお茶をつくり始めて今年で14回目。だが、杉山貢大農園のオリジナル銘茶を作ったのは3年前と比較的最近のこと。それまでは茂畑共同製茶組合という、村の共同工場に収穫した茶葉を納めていた。

    「もともとわが家には自分の製茶場がなくて、村の共同工場に持って行っていた。それがいちばん効率的だったんです。でも、お茶を真剣にやればやるほど、他の畑よりいい葉っぱつくってるのになあ、でも混ぜられちゃうんだなあ、というジレンマに陥って。深蒸しではなく浅蒸し茶をつくりたいと思うようになったのもあって、5年前に辞めようと決めて、2年くらいかけて引継ぎなどして、3年前に辞めたんです」

    辞めたあとは、「茶工房」という組織に加入。ここのシステムは、自分の茶葉は自分で製茶して、持ち寄って売るというもの。自分のオリジナルで勝負したいと願っていた貢大さんにぴったりの組織だった。そして、茶工房に加入したことで、貢大さんの運命は大きく動き出す。なんと、ぐりむを一緒に始めることになる片平次郎さんと出会ったのだ。

    「茶工房に入ったその年の秋に、次郎くんからぐりむをやらねえか、って相談されて。そこからわりと、波乱万丈な感じです(笑)。いまは、ぐりむを軌道に乗せようとかんばってるところ。迷いは、前ほどは少なくなりましたね。ただ、耕作放棄地や放棄地寸前の畑をぐりむの畑として広げているところで、いまから5年間はがんばらなきゃいけない。体力的に一番しんどいところですよね。でも、いまじゃないとできないことなので、たいへんさよりも、5年後がどうなっちゃうのかなっておもしろさの方が大きい。やりがいがありますね。で、同時進行で自分のお茶があって。休めないですね〜〜〜あははは!」

    自分の葉っぱで勝負したいと思い始めた5年前。それから、〈茶農家集団ぐりむ〉を設立し、その傍らで、自身の名前を冠した煎茶「貢大」を販売。波乱万丈というより、猛スピードでなりたい姿に近いづいているのだろう。「貢大」が、フェラーリやグッチのように、“有名ブランド”として、多くの人たちに愛される日もそう遠くないのかもしれない。

    杉山貢大|Mitsuhiro Sugiyama
    静岡県清水の山間の集落、茂畑のお茶農家「杉山貢大農園」園主。日照量豊富な温暖な土地をいかした浅蒸しのお茶づくりが特徴。なかでも、園主の名前をつけた「貢大」は芽重仕立てと、量より質を選んだ栽培方法でつくるお茶は、旨味が持続し、何煎でもお茶の味を楽しめると評判。同世代のお茶農家たちと〈茶農家集団ぐりむ〉を結成し、茶畑の再生に力を注いでいる。
    marumitsu.shopinfo.jp

    Photo: Eisuke Asaoka
    Text: Akane Yoshikawa
    Edit: Yoshiki Tatezaki

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